№258

 大学を卒業後、他県の会社に就職したので一人暮らしを始めました。いろいろと初めてのことが重なり慌ただしい生活を送っていたため、最初の帰省が翌年の正月になりました。

 戸建てで2階建ての実家には両親と大学生の妹がいました。

 実家に着くと酷い違和感に襲われました。1年もしてないのに何年も経ったかのような廃れた感じがありました。暗いというか湿っぽいというか・・・・・・。

 居間で母が出してくれたお茶を飲んでいると、ペタペタと裸足で歩く音がしました。振り返ると廊下を歩く子供を見ました。小学生くらいの、髪が長かったので女の子のようでした。ちょうど通り過ぎるときだったので顔は見えません。

「子供がいたけど誰?」

 と母に聞こうとしました。でも「子供」と言いかけたところで父が平手でテーブルをバーンと叩いたんです。母のお湯のみが倒れお茶がこぼれました。

「何もないよ」

 と父はニコニコして言いました。母も

「何もないわよね」

 とニコニコしながら台拭きでテーブルを拭きました。

 違和感が、不信感に変わっていきました。その時私のスマホが鳴りました。妹からの着信でした。

「お姉ちゃん、お帰り。私の部屋まで来て」

 それだけ言って切れてしまいました。妹は友達と初詣にでも行っているのだと思っていました。言われたとおりに妹の部屋に行くと、扉が開くなり中に引き釣り込まれました。

「久しぶり」

 妹は目を爛々とさせ笑顔で言いました。その顔はやつれ、病的でした。部屋は服や物が散らばり、部屋の隅にはあふれたゴミ箱と適当にまとめたようなゴミ袋が積んでありました。

「どうしたの?」と聞いたんですが答えてくれず

「とりあえず、100万円貸して。無かったら50万でもいい」

 と言い出したんです。

「もうこの家出たいんだよね。でも許してくれないし、お金の援助も期待できないし、お姉ちゃんを頼るしかないんだ」

 私はふとあの廊下を歩いていた子供の事を思い出しました。もしかして関係があるのかと思って口を開こうとすると、妹はばっと手のひらを突き出して制止してきました。

「言わないで」

 私を部屋から追い出されました。妹は始終笑っていました。

 帰省の間、一切妹は部屋から出てこず、私はほとんど両親と一緒でした。そしてずっとペタペタという音が聞こえ、子供の影がちらつきました。もちろん両親に妹のことを聞きました。でも二人とも「大丈夫」しか言わないんです。

 一人暮らしの部屋に戻って、私はすぐに妹の口座に入金しました。もちろん社会人一年目なんでほとんど貯金なんて無くて、いろいろかき集めて30万ほど。

 その後、妹からお礼のメールがあっただけで、連絡は途絶えました。

 先日、お盆の帰省のことで母に電話をした時、妹のことを聞いてみたら

「一人暮らし始めたわよ」

 と笑っていました。電話の向こうで父の高笑いが響いていて、かすかにペタペタという音が聞こえ、私は何も言えずに電話を切りました

 それから1日に何件も、両親から仕事を辞めて地元に戻るように催促があります。理由は言いません。妹からは一切連絡ありませんが、一応メールは届いているみたいです。

――実家を見に行くか、ただ妹からの連絡を待つか泉さんは悩んでいるそうだ。

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