№242
金がなくて、ヤバいバイトに手を出したことがあります。大学の先輩の知り合いからの紹介で、小遣いがもらえる簡単なお手伝いくらいと言われて。
内容は決められたコースをランニングして、ある公園に立ち寄りそこに待機している男から小包を受け取り、それをウエストポーチに入れ、また走り、別の公園に行き、また待機している男に渡す、という運び屋みたいなものです。
「離れた場所にある事務所に荷物を届けたいが、バイク便は金がかかるし、法人契約するにも法人じゃないから無理」と教えられ、僕は鵜呑みにしていました。最近調べたんですが、人が走れる距離なら全然バイク便の方が安かったです。
まあ、そうじゃなくても最初の数回でヤバいバイトだって察していました。受け渡しする男の目が、怖かったんですよ。威圧感というか緊張感というか、とにかくこちらを射貫くような視線をしてるんです。荷物の中はもちろん見てません。怖いし。でもこいつらのせいで困っている人もいるかもな、とモヤモヤしながら3ヶ月で20回くらいくらいは運びました。
その頃にはもう辞めたいと思っていたんですが、仲介してくれた先輩が大学に来なくなっていて、直接雇い主に話すのも怖くて惰性で続けていました。
最後の日、僕が公園に向かって走っていたら、「ゴンッ、ゴンッ」って重い物を落とすような音が遠くから聞こえてきたんです。ちょっと地響きもしてて、どこかで大きな工事でもしているのかなと思っていました。でも公園に近くなるほど音も地面の揺れも大きくなるんです。周りの民家にも響いているはずなのに、様子を見に出てくるような住人はいませんでした。いや、今思うと人が歩いていてもおかしくない時間帯なのに、誰ともすれ違わなかったんですよね。
「ゴンッ、ゴンッ」
という音は公園からしていました。足の裏から振動が突き上げてきました。公園の中央に見たことがないビルのようなものがありました。それまで走っていたのに体が冷えて鳥肌が立ちました。
意味がわからなくて、それをまじまじと見てしまいました。見なければ良かった。あれは大木のような馬の足でした。デカい馬の足が一本、空から伸びて公園で足踏みしてたんです。
その蹄の下に僕を待っていた男がいました。馬の足ばかりに気を取られて気付いていませんでした。男は踏みつけられていたんですが、生きていて、僕に気付いていて、僕に手を伸ばしていました。声は出ないようでした。僕は逃げ出しました。
ずっと「ゴンッ、ゴンッ」って音が追いかけてきて、地響きに足を取られて何度も転けましたが、家に帰り布団をかぶりました。
それから数日、何度か雇い主から電話がありましたが、無視をしていたらかかってこなくなりました。
公園で男性が亡くなっていたというニュースは地方紙の一角に小さく載っていて、なんか、死因は心不全、だったんです。
――心不全は死因が分からないときも使う、と伝えると杷野さんは納得した顔で帰って行った。
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