№236

 僕は年末年始もずっとバイトが入っていました。だからおせち料理もお雑煮も用意していませんでした。そもそも作り方も分かりませんし。

 年越しもバイト先から家に帰る途中で、どこからともなく除夜の鐘が聞こえてきていた気がします。家に帰ってシャワーを浴びてすぐ寝ました。

 朝起きたら居間がガヤガヤと騒がしく、驚いて行くと両親と妹、弟が重箱を広げたり餅を焼いたりしていました。

 お雑煮を運んでいた母が話しかけてきました。

「今日もバイトだっけ?」

「元旦から大変だな」

 と、父が言い、それに対し弟が

「サービス業なんてそんなもんだよ」

 と、知ったがぶりをしました。

「朝は一緒に食べれる?」

 妹が僕の顔をのぞき込み聞いてきて、ようやく硬直していた体が動きました。僕は何も言わず部屋に戻り、着替え、少ない荷物をまとめて家を出ました。今は漫画喫茶からバイト先に行っています。

 僕は両親に嫌われ、妹や弟にも厭われ、家族の中で空気のような存在でした。10年くらいまともに会話した覚えがありません。

 昨年の夏、4人は旅行に行きました。僕は知らず、事故の知らせを聞いて初めて家族旅行があったことを知りました。自損事故でハンドルを切り損ねたのかカーブを曲がりきれずガードレールを突き破って崖から落ちたそうです。死体は見ました。酷い有様でした。

 今実家にはその酷い状態の家族が何故か生活しています。自分たちが死んでいるとは気付いていないんでしょうか。それとも年が明けたからチャラになったとでも思ってるんでしょうか。

 あの家はもともと祖父母の家で、僕は早く出て行くように催促されていたので出て行ったときすぐに一報入れていました。それから何度も祖父から着信があります。一度出たときに

「あの、家に住んでいるのは・・・・・・」

 と言いかけたのですぐに切りました。声が震えていたんで祖父が見に行った時点でまだあいつら、いたんでしょうね。

 僕はやっと踏ん切りが付きました。これまでは生家だと執着していましたが、僕まで幽霊の仲間入りしたくありません。死んでるみたいに生きてちゃ駄目ですね。頑張りますよ。

――田路さんは明るく笑って去って行った。

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