№139

 母親になったらね、お化けなんか怖がってられないんですよ。でもやっぱり誰かに聞いて欲しくて……。

――明田さんは妊娠8ヶ月らしい。お腹をなでながらゆっくり話し始めた。

 私の母は多分子供なんて好きじゃなかったんです。でも周りの友達が皆妊娠して、赤ちゃんを見せてもらっている内に、自分も欲しくなったんでしょう。でも母はいつもイライラしていました。私は可愛い服を着ても似合わないし、頭も良くない。母は外では「仲良し母子」と法螺を吹き、家では私を疎んでいました。当然反発するようになり、結局大学は他県に行ってそのまま就職、結婚しました。結婚相手も結婚式も母の意に沿わなかったのでずっと披露宴の間むくれていましたね。妊娠したとき、私はそのまま家の近くの病院で出産を希望しましたが、夫が長期出張になってしまい、夫の実家も遠方なので仕方なく里帰りしました。それに関して母は文句言わずに受け入れてくれたんですが、多分「孫が生まれる」ということを周りにアピールしたかったんでしょう。実家につくと、すでに部屋の掃除と準備がされていて、産婦人科も私が生まれた病院を予約してくれていました。病院は古いところかと思いましたが意外ときれいで待合室は私と母が座るともう満員でした。母は周りの人を見渡して小さいため息をついて、私にだけ聞こえるようにつぶやきました。

「あんたがもっと可愛ければ、可愛い孫が生まれたでしょうけどね」

 いつもの嫌みのつもりかもしれませんが、その言葉に私はかーっとこめかみが熱くなりました。言って良いことと悪いことがあるだろう、そう抗議しようとしたとき、長椅子の隣に座っていた女性が声を掛けてきたんです。

「その子、いらないんですか? じゃあください」

 母は聞こえているとは思わなかったらしく「えっ」と言ったきりだまり、私も何を言われたか分からずあっけにとられていました。すると待合室にいた女性が次々に「私も欲しい」「私も」「いや私が」と私のお腹に向かって白い手を伸ばしてきたんです。私は床に降りてお腹を守るようにうずくまりました。母の悲鳴が遠のいていきます。その他の記憶はありません。ただ「いやだ」「やめろ」「ふざけんな」ととにかく思いつく限りの拒絶の言葉を吐いていたと思います。男性の声が聞こえ、待合室が静かになりました。私ははっと顔を上げると、白髪のおじいさんとその後ろに隠れるように女の子がおびえるような目で私を見ていました。周りを見渡すと、そこは公園で待合室ではありません。私が産婦人科にいたはずだと言うことを話すとおじいさんは首をかしげて「その病院なら結構前に潰れたけどなぁ。院長がなんかやらかしたと聞いたが」と。私はそのまま家に帰り、無理を言って夫の出張先について行き、そこで出産しました。母からはあれから何度も連絡はありましたが、謝罪も言い訳も一切なく今ではもう連絡が来ても無視しています。あの病院が何だったのか分かりませんが、もし彼女たちが幽霊なら早く成仏して、こうやって新しく生まれ直してほしいものです。その方がきっと希望がある。

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