№138

 高校の時に受験勉強のために予備校に入らさせられました。部活を続けたかったのにやめさせられて、放課後はずっと勉強しろと。確かに成績は最悪でしたけど、無理矢理勉強させられても頭に入ってきません。それはそれで「金の無駄遣いするな」と怒られて、家に帰るのも嫌になって、でも予備校をサボる勇気も無くて、講義を受けたら家に帰らずギリギリまで予備校の自習室で、教科書を広げ、ぼんやりしていました。勉強しろと思うかもしれませんが、勉強のことを考えるのも嫌になってたんです。予備校の自習室は大きな机を一人分ずつ板で区切ってあって、隣正面が見えないようになっていました。左右は座るときに誰がいるか分かるんですが、目の前は誰かが座っても気づけません。ただ一カ所だけ正面の仕切りに隙間がある箇所がありました。

 その日もぼんやりとしていたら、仕切りの隙間からすっとメモが差し込まれたんです。見ると「シャー芯ください」と書いてありました。手持ちが切れたんだなぁとそのメモを半分に折って、2,3本芯を挟んで隙間に差し込みました。しばらくすると新しいメモが差し込まれ、「ありがとう」と書いてありました。変なやつだなぁと思い今度は僕の方から「誰もいなかったらどうしたの?」とノートの切れ端に書いて差し込んでみました。すぐに向こうから「いつもその席にいるよね?」と返事がありました。仕切りも天井まで続いているわけではないので、立ち上がってざっと見渡すと、誰かが座ってるくらいは分かるんです。特に僕は見ての通り天然パーマで目立つ髪型なので自習室を使う人に知られていたようです。僕は続いて「そっちもいつも自習室来てるの?」と聞きました。「たいていいるよ。自習してるよ」との返事。「勉強してるフリってばれてたかぁ。追い出されるかな?」「いいんじゃない? ゲームしている人もいるし」「まじで? 気づかなかった」と軽いやりとりがあって「勉強嫌い?」と聞かれました。改めて嫌いかどうか少し考え、「勉強しても成績上がらないから」と弱音を返しました。しばらく返事が無かったんですがスッと返事が差し込まれました。「成績をあげることが目標じゃつまらない」。確かに、と納得して「そっちの目標は何?」とメモを返したその時、「閉室でーす」と予備校のスタッフが入ってきました。数人が荷物をまとめる音がし始めます。僕も荷物をまとめて立ち上がりました。そして向かいのスペースに誰もいないことに気づきました。先に帰ったのかと思いましたが、それにしたって速すぎる。でもそれらしき人物も見当たりません。僕は仕切りを回り込んでメモの相手がいたはずのスペースをのぞきました。そこにはさっきまで僕が使っていたノートの切れ端がありました。後で聞いた話によると、その予備校で亡くなった人がいたそうです。理由は知られていませんが、その人の幽霊が自習室に出ることは有名でした。幽霊って怖いものだと思っていました。でも、なんか悲しいですよね。月並みな言葉ですけど、僕は一生懸命生きようと思いました。

――若松さんが見せてくれた古いノートの切れ端。書かれた言葉のラリーの最後に「この世に居続けること」と書かれていた。

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