№124

 私はどうしようもない人間です。弱いし卑怯だし馬鹿だし。そんなことは昔から分かっていたんです。だからそれなりに逃げずに頑張ってきたつもりです。そんな私にも妻がいました。私と違って前向きで明るくて。そんな妻に頼っていました。いや、依存していたのかもしれません。もちろん結婚当時はそんなことありませんでした。でも妻ならいつでも離れず支えてくれると思うようになっていたのかもしれません。子供ができてから妻は子供にかかりきりになりました。当たり前なのかもしれません。妻に嫌われたくなくて私も子供をかわいがるふりをしていました。本当はかわいいと思うどころか、気持ち悪く思っていました。自分の子供なのに、妻と私の生活に異物が入ってきたような気持ちだったんです。

 ある日、仕事の合間に家に帰りました。今までそうしたことはなかったんですが、異物が入り込んだ家に妻一人にしたくないと思っていました。妻は昼寝中でした。子供は目が覚めたようでした。当時1歳だったと思います。あまり話さない子でした。いや、1歳なんてそんなものなんでしょうか? 子供は私を見ていました。よだれが出て気持ち悪くて、思わず目をそらしました。妻が寝ているのなら用はありません。起こさないようにそっと仕事に戻ろうとしたとき、子供が何かを持っていることに気づきました。乾電池でした。そういえば昨日リモコンの電池がないと妻が慌てていました。子供が見つけたんでしょう。私はそのまま仕事に戻りました。そして会社に戻って仕事の続きをしました。外出することの多い会社です。昼を含めて2時間くらいなら誰もどこで何をしてきたのかなんて聞いてきません。終業間際、妻から会社に電話がありました。慌てているようでした。

「子供が、息をしていない」

 私はすぐに救急車を呼ぶように言い、上司に頼んで少し早く退勤させてもらいました。家に帰る前に妻から子供が運ばれた病院を聞き、直接向かいました。半日で形相が変わった妻を見て、子供がどうなったのか分かりました。医者が言うには、子供は電池を喉に詰まらせていたとのことでした。妻は「私がちゃんと探さなかったせいで」と自分を責めました。私は、妻を慰めつつほっとしていたんです。もう子供に苦しめられることはないんだと。それなのに、妻は死にました。私が仕事に行っている間に、風呂場で手首を切って。

――山尾さんはそこでいったん話を止め、私が出した茶で喉を潤した。

でも妻が現れるようになったんです。妻は子供を抱いています。その手はぱっくりと切れています。子供は真っ青なゆがんだ顔をしています。それなのに妻は笑っているんです。ニコニコと。妻は私を待っている。分かるんです。私が死ぬのを。その姿で私を苦しめて、死んだ後も私を苦しめようとしているんです。

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