№123

――槙さんは仕事帰りの深夜、自宅マンションのエントランスで人影を見たという。

老人がうずくまっていました。酔っ払いか徘徊老人だと思いましたが、「大丈夫ですか?」と声をかけると、反応して顔を上げたのはおじいさんでした。白髪が長かったのですが、前髪が後退し、口の両端をあげるように笑うおじいさんでした。なんかいやぁな気がしたんです。老人が何か言う前に、僕は急いでマンションに入りました。階段を駆け上がり、震える手で鍵を開けて部屋に入りました。部屋の電気をつけていつもの風景を見たらほっとしました。ビールでも飲んでさっさと寝ようと冷蔵庫に手をかけた時、ふと視線を感じ、振り返ると、リビングの中央においてある炬燵机の上にさっきの老人が座っていたんです。ニヤニヤ笑いながら。僕は思わず悲鳴を上げて部屋を飛び出しました。部屋を出て、携帯で警察を呼びました。10分もしないうちに警察が来てくれたんですが……部屋には誰もいませんでした。僕はずっと部屋の前にいたのに。警官には疲れて幻覚を見たんじゃないかと言われ、僕もその日はそうなのかなって思いました。でもそれから毎日その老人が現れるんです。職場のトイレ、電車の中、他人が見ていない僕しか気づかないように、神出鬼没に。1ヶ月でかなり痩せました。ある日ぼんやりとSNSを眺めていたらタイムラインにお祓いの広告が現れました。僕はもうここしかない!と思い、すぐにその会社に依頼メールを出しました。その日のうちに電話で返事があり、僕に会って一度話をし、お祓いが必要と判断したら仕事を受けるとのことでした。次の日無理矢理休みをとって、僕はその祈祷師に会いに行きました。ビルの一室にある事務所。そこで待っていたのはきっちりと和装をした中年男性でした。祈祷師と知らなければ華道とか茶道の先生と勘違いしそうな。その人は僕を見るなり「これはいけない」と険しい顔になり、すぐにお祓いしようと祭壇のある部屋に連れて行かれました。僕は正座させられ、祈祷師は祭壇に向かって何やら唱えたり線香に火をつけたり僕に向かってその煙を吹き付けたり……。僕の足がしびれ相手の息が切れ始めた頃、ようやく終わったらしく「これで、もう大丈夫」と祈祷師は言いました。その時、笑い声が響いたんです。「ふひゃはは」みたいな変な笑い声が。それは当然祈祷師にも聞こえていて、二人して固まってしまいました。僕は何も言わずに事務所を出、祈祷しも追ってきませんでした。お祓いは失敗したんです。僕は絶望的な気持ちで家に帰りました。でもその後特に何も起きません。あのときは失敗だと思ったけど、成功だったのか?と首をひねっていた時、先日駅前でその祈祷師を見ました。最初は全然分からなくて、思わずじっくり見てしまいましたね。あのビシッと和装してた男性がボロボロの服を着て、髪は伸ばしっぱなしで白髪もすごく増えていた。駅近くのゴミ捨て場をあさっていました。向こうもこっちに気づいてはっとした顔をしてすぐに立ち去りましたが、笑ってないだけで、あのおじいさんそっくりだったんですよ。

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