№122

――誉田さんの育った町ではハロウィンのイベントがあったらしい。

 町内会の会費からお菓子の費用を出してくれました。もちろんそんなに高いものはありませんでしたが、仮装して町を歩くのは楽しかったです。ほとんどの家は町内会に加入していたんですが、一件だけすごく偏屈なおばさんがいて加入していない家がありました。私が小学4年生になる頃には一人で一軒家に住んでいました。一人きりになったときに町内会長が寂しいだろうと声をかけたそうですが、ひどく罵倒されて追い出されたそうです。そういうわけでハロウィンも、その家だけ避けて通るのが習わしでした。でもその年、私と弟が魔法使いの仮装をして一緒に回っていたら、同級生に会いました。その子は一人で回っていたそうですが、見たことがない手作りのカップケーキを頬張っていました。手作りは珍しいので誰からもらったのか聞くと、例の偏屈なおばさんが家の前で配っていたと言うのです。友達は本当においしそうに食べていましたが、私はニコリともせず道ですれ違ってもにらみつけてくるおばさんが苦手で、あの人からお菓子はもらいたくないなと思っていましたが、弟が友達が食べているカップケーキに興味を示してしまい、しぶしぶおばさんの家に行きました。おばさんは通りを玄関の横の小窓からのぞいていました。私たちが家の前まで来るとニタァと嫌な笑い方をして、玄関から出てきました。弟は恐る恐る「トリックオアトリート」と小さい声で言い、私も慌てて唱和しました。おばさんは私が言い終わる前にカップケーキを突き出していました。おばさんは一言も発しません。気味が悪くて、私は弟の手を引いて小走りでその場を去りました。おばさんの家が見えなくなり、ふと横を見ると弟がもらったケーキにもうぱくついています。私も手に持ったままのケーキにかじりつきました。でもその途端、生臭い匂いが口いっぱいに広がり、気持ち悪さに飲み込むことができず、私は道ばたに吐き出しました。「どうしたの?」と心配そうに弟が聞いてきたので「腐ってた」と答えました。するとなぜか弟が私が持っているカップケーキにかじりついたんです。「ばか!」と怒鳴って私はケーキを地面にたたき落としました。でも腐ったケーキを食べたはずの弟は笑っていて「全然腐ってないよ。おいしいよ」と。そして地面に落ちたケーキも拾ってむしゃむしゃと食べ始めたんです。弟はまだ小さくガツガツと何かを食べることなんてそれまで無かったんで驚くと同時に怖くなりました。「やめなよ」としか私は言うことができませんでした。それ以降弟は食い意地が悪くなったり、落ちたものを拾って食べるほど卑しくなったと言うことはありませんでした。でも高校生になった弟は今、やたらあのおばさんに会いに行くんです。あの日カップケーキを食べていた同級生も……。私は吐きだしましたが、あのケーキ、何だったんでしょう?

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