№121
――辺見さんの両親が離婚したのは彼が小学1年生の時らしい。
もともと父は仕事が忙しくあんまり家にいるイメージが無かったので「一緒に生活できない」と言われても、当時はまだピンときませんでした。というか離婚してからの方が父と一緒に遊んだと思います。毎月遊園地やら動物園やらに遊びに連れて行ってもらいました。離婚する前より父が好きになったくらいです。小学5年生の時、約束の場所に行ったら父はきれいな女の人と、よく似た小さい男の子が一緒でした。父は再婚したそうです。さすがに5年生にもなると察しますよね。そっかー、お父さんの浮気で離婚したんだーって。それまでは母に聞いても「性格の不一致」としか言わなかったんですよ。父は再婚相手の女性を褒めちぎりました。どれだけ父に尽くしているか、料理はどれほどうまいか。そして「母さんはそんなことしてくれないだろう?」と締めくくるんです。隣の女性と子供はニコニコしているだけです。最初は浮かれてるなぁと思っていたんですが、面会のたびに二人を連れてきて、繰り返しのろけるものだから、僕もうんざりして思わず母に愚痴ってしまいました。その時生まれて初めて穏やかな母の顔が般若になるのを見ました。それも一瞬ですぐに「そっか」と言って外に出てしまいましたが。後で知ったのですが、絶対に僕と再婚相手を合わせないという約束を離婚時にしていたそうです。母はすぐ父に文句の電話をしたらしいのです。が、般若になった数日後「本当に子供と一緒?」といぶかしげに聞かれました。「そうだよよ。僕より小さい子」「なんて名前?」と聞かれて、数回会っているのに知らないことに気づきました。次の面会の時も父は二人を連れていました。ただ父も女性もなんとなく硬い表情をしていて男の子だけがニコニコしています。挨拶をして、父が何か僕に言いかけたような気がしましたが、僕は忘れないうちにと思い「おまえ、なんて名前?」と男の子に聞きました。男の子は「ヒヤシンス」とニコニコしたまま答えました。「ひやしんす? それ、花の名前だろ?」僕が聞き返すやいなや、女性が悲鳴を上げて突き飛ばしてきました。ひっくり返って父を見ると呆然と僕と自分の妻を見比べています。女性は発狂しながら髪をかきむしって僕を罵倒していました。男の子は変わらずニコニコと母親を見ていました。
その後父との面会は無くなりました。成人して養育費の受け取りが無くなった頃、母がふと「お父さんの奥さん、覚えてる?」と話し始めました。「あの人ね、高校生の時に中絶したんですって。そのときの子供の名前をあんたが当てたから、取り乱してしまって、お父さんに隠してたのがばれたって。そうなの?」母には「覚えてない」と返事しましたが、結局あのこどもは中絶して亡くなった胎児だったんでしょうね。弟ができたと思ってちょっと嬉しかったんだけどな。
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