№114

 今まで自分が生きていることに、当然何も感じなかったんですが……。

――兵田さんは学生の時に大きな交通事故に遭ったという。

 高速道路で何台も巻き込む事故でした。私は友人3人と旅行に行った帰りで、友人が運転する車の後部座席に座っていました。それまで私が運転していたのもあって、ちょっと疲れていたので、友人に断って少し寝させてもらいました。しばらくして、子供の笑い声のようなものが聞こえました。私以外の3人は普通に会話していたので、気のせいかと思ってまた目を閉じましたが、なんだか幼稚園が近くにあるかと思うくらい聞こえてきて、友達に「なんか子供の声しない?」と聞きました。友達はみんな本気にしないで、「こわー」「やめてよー」と面白がります。その時はもう聞こえなくて、夢だったのかなあとまた寝始めました。その時後ろから突き上げるような衝撃がして、車が傾きました。友達の悲鳴と、衝撃音、激痛……。次に目を覚ましたのは病院でした。事故から5日経っていました。私は付き添ってくれた母から他の友達は傷の大小はあれ皆無事だと聞かされました。一番深刻だったのが私だそうです。後ろから来た車が、私が座っているシートに突撃し、横転した車にまた、後続のトラックが止まりきれずに衝突。私の足を持っていったそうです。私は寝ている間に両足が切断されていました。生きているのが奇跡だとも。私は頭が真っ白になって、何も考えられなくなって、何もできなくなりました。ぼんやりしていたら数日経ちました。一人の時、ベッドの下から子供の声がしました。それまですっかり忘れていた、あの時高速道路で聞いた子供の声でした。「失敗した」と、一人が言い、「どうする?」「どうすればいい?」と何人もがささやき合っています。すると他の一人が「いや、まだやり直せる」と言い、子供たちは口々に「やれるか?」「やってみよう」と言いました。普通、怖がるところなんでしょうけど、子供たちの口調が可愛くて、事故にあってから私は初めて笑ってしまったと思います。そして眠ってしまいました。母に起こされ、検診の時間だと言われました。ふと違和感を覚えて、足元を見ると布団が膨らんでいるんです。足が2本ともあるんです。驚きすぎて思わずわぁわぁ騒いでしまいました。母も医者もぽかんとして、足を切断なんてしてない。手術で治療し、これからリハビリだ。二人とも当たり前のようにいます。じゃあ、あれは夢だったんでしょうか。でもその日の夜、あの日隣に座っていた子が亡くなったのを聞きました。あの日、軽傷だったのでもう退院してたんですが、信号のない横断歩道で車にはねられたそうです。もしかして、もともとその友達は事故で亡くなる予定だったんではないでしょうか。だけど、何かの間違いで私の足がなくなって……。あの子供たちの声を思いだすと、そう言うことなのかなって思っちゃうんです。

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