№91

 祖母は鬼が人を食べるのを見たそうです。祖母が子供の頃のこと、季節は夏、暑かったため蚊帳を吊るし、縁側を解放して庭から風を呼んで寝ていたそうです。真夜中、庭からバリバリと音が聞こえ、祖母が起きるとさっきまで横で寝ていた弟の一人が盥より大きな顔の男に頭からかじられているところでした。男は祖母に見られていることに気付きながらもそのまま弟を目の前で食べてしまったそうです。そして祖母に「腹一杯だからお前は食わない。でも今見たことは誰にも話すな」といって消えてしまったそうです。弟は人さらいにあったことにされたとか。まるでお伽噺ですね。

 なぜ私がこの事を知っているかというと、母が話してくれたからです。母は祖母本人からきいたと言っていました。祖母はもう時効だろうと思って話したそうです。そして、その三日後、一緒にその話を聞いた祖父が死にました。母はその話を次の日に友達に話していました。友達は祖父の死んだ次の日に死んだそうです。そう、この話を聞いた人は呪われ3日後に死に、誰かに話すと呪いの効力が移るんです。

 この話をしたとき母は薄ら笑いを浮かべていましたよ。父はもちろん、私も鼻で笑いましたけど。母は私と父を憎んでいるようです。父が会社の秘書と親密なのが許せないんでしょう。私は父の会社で役員をしていますが、彼女はとても優秀で魅力的な女性です。父のビジネスパートナーと言って良いでしょう。確かにプライベートでは男女の関係のようで、世間的には誉められたものではありませんが、権力のある男とはそういうものではないですか? 母の考え方が子供過ぎるんです。働いたことがないから仕方ないのかもしれませんが、私がいくら説明しても聞こうとしません。

 母の話を信じているわけではありません。でも、母の友達は知りませんが、祖父が若くして急死したのは確かです。明日、私と父は話を聞いてから3日たちます。父は誰にも話すつもりがないようですが、私は一応跡継ぎなんで、こうやって保険を掛けています。すみません。ああ、謝礼金なんていりませんよ。では、失礼します。

――後日、新聞のお悔やみの欄に、階野さんという社長と役員である娘の告別式が案内されていた。私の予想通り、2人を恨んでいる母親は呪いの正しい移し方を教えなかったようだ。

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