№84

 私は子供の頃からおかしなものをよく見ていました。はっきりとした形はわかりませんが、影のような、それでいて色彩が美しいものが、そこかしこで蠢いていました。初めは自分しか見えてないと気付きませんでしたが、両親がそんな私を忌々しそうに見るので、これは見えてはいけないものなんだと理解しました。しかし、両親との溝は埋まらず、また、いつもどこにでも必ず1、2個見かけるので、どうしても避けたり、反応したりして「なにか見える人」として周囲の人からも疎まれました。20歳を過ぎてから徐々に薄くなり、あまり見えなくなってきたので思いきって遠くに引っ越し、仕事も変え、環境を変えました。今では結婚して娘もいます。ですが、娘が生まれた辺りからまた歯車が狂い始めました。

 娘もあれが見えるのです。それも私よりはっきり。娘が見えると分かったとき、私の動揺から、夫に問いただされて見えることを白状しました。夫はやはり不気味がって家に帰らないようになりました。離婚しなかったのは娘がいたからでしょう。娘は好奇心旺盛でそれに近づこうとしたり、触ろうとしたりするので止めるのに必死でした。それの話をしようとするのでかっとして叩いたこともあります。一度小学生の時に絵を描いてくれたことがありました。気持ち悪い、大きな溝鼠みたいな生き物に見えているそうです。

 私は今ではさっぱり見えなくなっています。娘も、孫を生んでからはほとんど見えてないようで、あれについて話すことはなくなりました。

でも、最近は孫が見えているようなんです。娘が描いたものとそっくりの溝鼠のような絵を描いたり、同じ場所をハイハイでぐるぐる回って見せたり、そして、何もないところを撫でるようなしぐさをして見せたり……。 娘よりずっと見えている気がします。

――頼住さんは、見えないのに消えてくれないんです、と絞り出すような声で呟いた。

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