№85

 もしかしたら、あなたが私を助けてくれるんじゃないかって思って、来ました。

――和浜さんは入室早々、ドアも閉まらないうちに、青い顔で言った。

 もちろん、怪談はあります。話させてください。

 小さい頃、母はよく私に服を作ってくれました。ブラウスやスカート、そしてマフラーやセーター。私も何か作りたくなって、母にせがみました。母はセーターを作った残りの毛糸と鉤針を私にくれて、小さな人形の作り方を教えてくれました。私は言われた通りに編みましたが、初めてなのでもちろんうまくいかず、不格好な人形が出来上がりました。それでも母は「初めてにしては上手」と誉めてくれたので、私のお気に入りになりました。紐をつけて鞄に付け、いつも持ち歩いていました。そんな母は持病が悪化し、私が高校の時に急逝しました。私は喪失感から、よりその人形を形見と思って大切にしました。

 一年くらい前、会社の先輩とお付き合いが始まり、その頃から、会社においてある私物が消えたり、壊れていたりすることが続きました。ある日、昼休みの外食から戻ると私のデスクにあの人形が、ハサミか何かで切り刻まれて置いてあったのです。さすがに大人になってから目立つように付けることはなくなり、鞄の中のポケットに入れていたのですが……。取り乱し泣き出した私を同僚たちがなだめてくれました。それは別の部署の女性社員が置いていったそうです。

 つまり、よくある話ですが、彼は私とその女性社員と二股をかけていたんです。女性社員は気づいて、私にいろいろ嫌がらせをして別れさせようとしたと。それもショックでしたが、何より母との思い出の人形がそんなことで壊されたということで、私はしばらく立ち直れませんでした。実家に帰って、ぼんやり母の遺影を見ていたらふと、あの人形を作ったのと同じ毛糸で編んでもらったセーターを思いだしました。それはまだ実家に残していました。もちろん子供のサイズなのでもう着れません。私はそれをほどいて記憶を頼りにまた人形を編み始めました。記憶が不確かな部分があり、ほとんど勘で編んでいきましたが、一つのセーターから6つ、同じ人形が出来ました。あの時私はどうかしていたんだと思います。人形を2つ掴むと、彼と浮気相手の家に行き、ポストに人形を突っ込んだんです。ただちょっとした仕返しのつもりでした。それだけなのに、彼と浮気相手は死にました。自宅で細いひものようなもので首を絞められ、殺されていたそうです。同じ殺され方なので、すぐに私は疑われましたが、もちろん殺していませんし、何度か取り調べがあっただけで疑いは晴れました。そのうち実家に置いていた残りの人形が消えました。先日、浮気相手と同じ部署で、その子とつるんでいた女性社員が数人、同じように死んでいたそうです。そして彼の同期だった先輩で、私が殺したんじゃないかと人前で罵倒した人もまた首を絞められ殺されました。

 あの人形たちがやっているんでしょうか。一度警察に問い合わせましたがそんなものは現場になかったと言われました。どうしたら、あれを止めることが出来るんでしょうか? あれは、今どこにいるのか……あなた、何か知りませんか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る