№82
――谷治さんは大学生のとき同級生の男子に付きまとわれていたらしい。
その男子とはオリエンテーションの時に少し話しただけで、それも向こうから聞いてきたことき、当たり障りのないことを答えただけだったのに。
最初は同じ授業で見かけ、食堂でご飯を食べていたら視界の端にいて、友達とサークル見学をしていたらその男子もサークルを見学に来ました。掲示板を見て振り返ったらそこに居たときもあります。話しかけたりはありません。会釈はありますが、私は無視しました。何で近くにいるんだろうと気持ち悪くて。
その日はとうとうバイトの帰りに現れました。結構遅くなって、車両はがらんとしていました。おじさんが寝ているのと、塾帰りのような高校生がスマホをいじっていたくらいでした。シートに座って一息ついたとき、すっとその男子が入ってきたんです。それを見た瞬間、体がぎゅっと硬直して芯が冷える感覚がしました。こっちをチラッと見て笑ったようにも見えました。そして、私の斜め前に座りました。
きっと家までついてくるつもりだと思いました。当時、父は出張中で家には母と妹だけでした。絶対に家を知られるわけにはいきません。でも何かされたわけでもないので、警察にいくとかは考えませんでした。とりあえず、わたしは隣の車両に移ることにしました。立ち上がって連結部分に向かうと、そいつの目線も追ってきてる気がしました。連結部分にはそれぞれの車両の扉があります。出た車両の扉を後ろ手で閉め、隣の車両を見ると誰も乗っていません。失敗したと思い、足が震えました。あいつが追って入ってきたら二人きりになってしまう。でも引き返す訳にもいかないので、そのまま隣の車両を突き抜けてまた次の車両に行くことにしました。隣の車両に入ったとたん、とても嫌な風が頬を撫でました。なんか空気が濃いんです。流動しているのが体にあからさまに感じるというか。しかも誰も乗っていないのに囁き声が聞こえるんです。大勢の。意味がわからなくて私は小走りで反対側の扉に向かいました。動くと波のように囁き声の高さも変わりました。空気がまとわりつき体が重く感じました。連結部分についたときは汗が滝のように流れていました。硬いドアを開けて隣の車両に移ると、普通の空気を胸一杯に吸いました。今のはなんだったんだろうと思うまもなく、私は呆気にとられました。その車両の逆側の連結部分にあの男子の後ろ姿があったんです。あいつは私に気づかず隣の車両に行ってしまいました。周りを見ると寝ているおじさんとスマホに夢中な高校生。そこは最初に乗った車両でした。出たはずの扉と逆の扉から何故か私は入ってきたんです。その日以降、あの男子を見ません。あの電車は、いったい何だったんでしょうか?
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