№80

――名所さんのご子息が結婚したのは1年前らしい。

 息子は明るくて活発な子でした。親の欲目もあるでしょうが、医大もストレートで入りましたし、趣味でサッカーやバスケットボールもしていましたし、友達も多いです。いつも輪の中心に要るような子です。それが、数年前に彼女だといって連れて帰ってきたのは、息子とは正反対の彼女でした。あまり笑顔にはならず、ずっと澄ましているような、美人だったらそれでもいいんですが、全体的にぽっちゃりとした子なので不愛想に見えます。こんなことはあまり言いたくないんですが、高卒で、これといった趣味もない、友達も少なそうな感じです。彼女が帰った後に息子に機嫌が悪かったのではと遠回しに確認しましたが、「緊張してたみたいだ」と、なんともおおらかな返事が返って来ました。息子は夫に似たので、夫も特に心配はしていないようでした。でも、この時点では息子も物足りなくなって彼女に飽きて振るだろうと思っていたんです。結局私の見通しも甘かったんですね。交際は順調に進み、二人は入籍しました。私が何度勧めても式を上げようとはしませんでした。彼女が嫌がったそうです。

 そうして最悪の新婚がスタートしたのですが、二人は変わらず仲良くしていたみたいです。「最悪」私がそう思っているだけだと思われたでしょうが、本当に、最悪だったんです。それを私が知った時はもう手遅れでした。

 半年ほど前、息子が出張で1週間ほどいなかったので、この機会にと彼女と話そうと家を訪ねました。本当にうまくいっているのか、息子に無理をさせてないか、将来設計をどうしているのか、ちゃんと聞いておきたかったんです。彼女は愛想が悪いものの私をもてなしてくれました。しかし、私が訊きたいことを聞こうとするとわかっているかのように、のらりくらりとかわすんですよね。私もだんだん腹が立ってきて、ストレートに質問をぶつけようとしたんです。そしたら突然彼女がにこりと笑ったんです。そして私の手をぎゅっと握りました。上手く言えませんが、その時彼女がすべてを知っているとわかったんです。夫の食事だけを塩分多めにしていること、私の彼氏のこと、息子の携帯電話を覗き見ていたこと……。

「お義母さん、見える人には見えるんですよ」彼女が口に出して言ったのはそれだけです。

 その後の記憶はあいまいです。気が付いたら家に帰って夫と食事をしていました。晩になって息子から電話がありました。私は我に返って、あんな恐ろしい女と別れろと言いました。しかし息子は「全部知ってる。知ってて一緒になったんだ」と……。

 それ以降、息子は死んだものだと思っています。

 それに、二人は勝手に引っ越ししてしまって、今はどこにいるかわかりません。

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