№79

3年前に学校を卒業して、飲食関係の仕事をしています。立地的に年末年始も働かないといけない場所に店があり、働きはじめてから正月はないですね。最初こそ戸惑いましたが、楽しいですし大変な分やりがいがあるので僕自身気にしていません。気にしているのは実家ですね。父母と祖母、姉夫婦が住んでいますが、みんな帰省しないことを、はっきり言って非常識と思っているようで。先日なんか姉の旦那に「本当に正社員なの? 何か隠してない?」とまで言われました。去年は、せめて早めに挨拶だけしておこうと、仕事終わりにバイクを飛ばして実家に帰ったんですが、母に嫌みを言われましたね。服装が気に入らなかったらしいです。仕事の帰りだし、バイクに乗るし、正装なんて出来ないんですけど、出来ないなら出来ないで持ってこいと言うことらしいです。

なんか面倒になって今年はもう帰省しないことにしたんですよ。そうしたらね、夢を見たんです。僕は湖にて、水面を歩いてるんです。そこで「あ、夢だ」って気付いたんですがそのまま歩き続けました。そしてたどり着いた岸辺に人とも獣とも分からないものがいました。なんでわからなかったかと言うと、見た目は人なんです。いや、そうとも言い切れないか。髪も肌も雪のように白かったんです。裸だったんですけど気になりませんでした。町で野良猫見ても裸だなんて思わないでしょ? そんな感じです。表情はなく、じっとこちらの出方を待っているような目もまた野良猫のようでした。私は何か話そうとしました。とりあえず、目があったから挨拶でもと。そしたらそれが先に口を開き

「ま、おぉぉと、かえり、かえりゃぁぁぁぁぃ」

その瞬間それまで立っていたのに、僕は湖に落ちました。苦しくはなかったんですが、これはヤバイなと思いました。沈んでいき、空の光が届かなくなったころ、僕は目を覚ましました。なんかすごい夢を見た、と言う気になってました。すると目覚めるのを待っていたかのように携帯電話がなりました。実家からと表示されていました。僕はなにも考えずに電話に出ました。でも話し掛けても、何故か向こうからは何も言わなくて。母が間違えてかけてしまったのだろうかと、切ろうとしたその時

「ま、おぉぉと、かえり、かえりゃぁぁぁぁぃ」

全身に鳥肌が立ちました。夢の声とそれは同じでした。僕は急いで通話を切りました。通話を切っても心臓がどきどきして、変な冷や汗が出て……。

あれから実家から連絡はありません。大みそかも、元旦も無断で帰省しなかったのに。でも、僕からも連絡できません。帰省も……もう、ちょっと無理です。

――向さんは肩を落として、消えそうな声で言った。

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