№78

――水田さんには5歳年下の弟がいるらしい。

 小さいころは可愛かったですよ。ただ、少しその頃から変わっていました。

 サンタクロースの正体なんて僕はもちろん弟より先にわかっていましたが、母に言われて秘密にしていました。ある年のクリスマスの朝、小さかった弟は「サンタさんを見た」と言いだしました。窓から入ってきて、弟に何が欲しいか質問してきたそうです。たぶん夢でも見ていたんだろうと、その時は僕も両親もほほえましく見ていました。実際枕元に父が置いたプレゼントに大喜びしていましたし。

 弟はそれから毎年「今年も窓からサンタクロースが入ってきた」といっていたんですが、父がプレゼントを置いていると知ったようで言わなくなりました。そのことを弟が20歳になったころに笑い話のように話したことがあります。「小さいころのお前はこんなこと言ってたんだぞ~」みたいな感じで。弟は笑いながら「窓から入ってくるのはサンタクロースじゃなかったよ」と言いだしました。弟はたまに窓から入ってきたサンタクロースにお願いしたものと違うものが枕元に置いてあるのが不思議だったそうです。ある時、枕元のプレゼントを父が買っていると気付いて、混乱して友達に聞いて回ったところ、皆親がサンタクロースだと知っていて、窓からは誰も入ってこないと。

「本当に入ってきてたのか」と私が驚いて問いただすと弟は「最初からそう言ってただろ」と何でもないことのようにうなずきました。弟のところには、サンタクロースとは違う何かがクリスマスに窓を開けて願いをかなえに来る。弟が言うには必ず願い事はかなうそうです。彼女が欲しいといえば、新年早々クラスの気になっていた女の子から告白されたとか。なんらかの自然な形で必ず手に入ると。それは偶然なんじゃないかと俺は思いました。まあ、欲がない弟なんで、1億円ほしいなんてことは言わなかったらしいので。

 そして今年の初め、実家から弟の勤務先から連絡があり、今年になってから弟が無断でずっと休んでいると。俺が弟が住んでいるマンションに行くと、弟は元気そうで、想像していた病んでいた感じではありませんでした。しかし、きれいに片付いた部屋には赤ん坊がいました。生まれたばかりのような、乳児です。誰の子だと聞けば自分の子供だと。

 弟はずっと結婚したかったらしいんですが、仕事が忙しくて出会いがなく、クリスマスに窓から入ってきたやつに、思わず子供が欲しいといってしまったそうです。そしたら今朝起きたら横にいたと。弟はそれから仕事をやめて子育てをしています。ええ、もう1歳ですね。弟にそっくりな男の子です。

そして、問題なのは、今年はその子の兄弟をお願いしたそうなんですよね……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る