№22
実はボク、社長なんですよ。
――新津さんは私に名刺を差し出しながら言った。
意外でしょ? まだ20代だし初対面だと誰も信じてくれないけど。最近ちょっと顧客も増えて収入も上がってきたんです。その事務所にね、出たんですよ。
そいつは白くてふわふわしてて、のそのそ動いていました。一瞬だけ見えるんです。ビルの1フロアを借りて事務所にしてたんですが、エレベータの扉が閉まる一瞬とか、給湯室でお茶入れているときふと視界の端を横切ったりとか。一番長いの残業してふと目を上げたとき事務所の端から出口までゆーっくり歩いていく姿かな。これ、ボクなんですけどね。「うわー。いるー」って思いました。怖くないですよ。見えるだけだったし。事務所には数人しか社員がいませんけど、皆見てましたしね。それのことを「雪男」って呼んでいました。白くてふわふわしてて……大きかったんですよ。2メートルは軽くありましたね。頭が天井すれすれでしたから。「昨日雪男いなかったねー」なんて感じで半分マスコットみたいになっていました。緊張感がないのは貸しオフィスだったせいもあるのかな。いずれ出て行くし、みたいな? あそこ食べ物が傷みやすくて、旅行のお土産や取引先からの手土産とかもらったらすぐに食べるか持って帰っていました。もともとそういう不便な所だったから、お化けくらいでるか……そう思ってたんですが。
残業で一人残っているときに、結構近くに現れたんですよ。いつもなら「いるなー」くらいで仕事してるんですけどね、その時はなんとなくじっと観察してみたんです。白い毛が歩くたびにふわふわ揺れてるって思ってたんですが……あれ? これ見たことあるぞって気が付いて、ぞーっとしました。カビだったんです。昔菓子パン放置してたら出ちゃったことあるんです。
すぐに事務所を引っ越しました。社員たちはびっくりしてましたけどね。まだそんな時期じゃなかったんで。でも理由を言うのも怖くて。だって、うち、食品関係の会社なんですよ。まあ、事務所に商品を置いたりはしませんけど、カビ男がいるなんて知られたら大問題ですよ。幸い、広くて明るいオフィスを借りることが出来ました。今のオフィスではもう急いでお土産とか食べなくてもいいんですよ。全然違うんです。あんな化け物も出ません。ただたまに社員が「雪男どうしてるかなー」なんて言うんで、それはちょっとやめてほしいですね。だってカビでしょ?飛んでこられちゃ困るんですよ。
――名刺を受け取るときに触れた指を丹念に拭き、新津さんは苦笑いをした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます