№21

 私、霊感ないんですけどね。

――中西さんが弱々しく微笑んだ。

 その日は残業しなきゃいけなくて、帰りが遅くなりました。駅から家までは徒歩10分程度ですが、帰り道は街灯があるものの暗くて静かで恐ろしく思えました。

 最初は気づかなかったのですが、私の前に背広を着た男性が歩いていました。住宅街なので別に不思議はないです。ああ、あの人も残業だったんだな、大変だな、くらいには思っていましたが、特に気にしませんでした。その人は疲れているのか、のっそりのっそりと歩いていました。私は早く帰りたいので徐々に男性との距離は近くなります。

 家まであと2,3分ほどになった時、私は恐ろしいことに気付きました。その男性が私の方を見ていたのです。振り返っていたわけではありません。近づいて気付いたんです。私が後頭部と思っていたところに顔があったんです。ギリギリで悲鳴を押し殺しました。気付いたことを気付かれたら終わりだと、なんとなくそう思えたんです。男の顔は無表情でじーっと私を見ています。私は不自然にならないように歩調を緩めました。男は変わらずとぼとぼと歩いています。あのまま歩いていたら男の手の届く範囲に入っていたでしょう。男と目を合わせないように、でも不自然にならないように歩いたので何度か男と目があった気もします。

 しかし、ついに男が角を曲がりました。私の家はそこを曲がらずにまっすぐ歩いて2件目でしたので本当にほっとしました。つい足早になり私はその角を通り過ぎようとしました。

 ですが通りすがりにみると、背広の身体が走ってきたのです。背広、ネクタイ、そして、後頭部のてらてら光る黒い髪。私はたまらず叫びました。男は後頭部が前についているにもかかわらず、まっすぐ私を追いかけてきました。その時私の帰りを待っていた家族が、鍵を開けていてくれたのは不幸中の幸いでしょうか。家に入るとすぐに鍵を閉しめました。

 私の様子をみて痴漢にあったと思った両親が警察を呼んでくれましたが、要領を得ない説明に、結局事件にはなりませんでした。親は私のことを信じてくれましたが手の込んだいたずらを仕掛けられたと思っているようです。

 でもあれは人間ではないですよ。だって前を歩いているあれをずっと見ていたんですから、私。もう二度と見たくないですね。霊感がある人は可哀相です。

――中西さんは何か言いたげな顔で私を見て、結局何も言わずに帰っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る