№7
それは大学のころに始まりました。何年くらいたったでしょう? とにかく、あの頃からずっと。最初はストーカーされているのかと思っていました。
その男とは構内の何でもない場所で出会いました。男は大学の案内を見ながら歩いていたのですぐに新入生とわかりました。私はそれ以上、別に興味もなかったのでそのまま擦違おうとしたとき、目が遭いました。男は半分口を開けたままじっとわたしを見つめます。少し気持ち悪く思えましたが、ひょっとして迷子になって道を聞く相手を探していたのかもと思い、男が声を掛けてくる覚悟で横を通り過ぎました。何も言ってきません。それどころか男はまた地図に目を落としました。自意識過剰な勘違いをしていたと少し恥ずかしくなり十分に男と距離が開くまで私は振り返りませんでした。きっと振り返ればその男の背中が小さくなっているだろう、そう思って振り返るとすぐそこに男の顔がありました。私は悲鳴を上げました。男はさっきと変わらず地図を片手にもってキョロキョロとしています。私の大声もまるで聞こえてないように振る舞うのです。私は逃げました。走っても走っても男が近くにいるように感じて鳥肌がずっと立っていました。購買まで走ると他の学生がいました。知らない人でしたが思わず縋りついて、私を誰か追ってこないかと聞きました。自分で確認するのが怖かったのです。その女学生は驚きつつも「誰も来ないよ」と答えてくれました。私は男の特徴――眼鏡をかけて色白で痩身――と地図を持ってうろうろしていることを告げ「あなたも気を付けるように」と忠告してすぐに家に帰りました。
その後、何度も彼は私の視界に入る場所に現れました。そして私の後を追ってきました。その度に私は逃げ、その先にいた学生に「眼鏡をかけて色白で痩身の男が来る」と伝えました。しかし不思議とまったく事件にならないのです。そこで恐ろしいことに気付きました。誰もその男を知っている学生がいないのです。「ああ、あの人か」という言葉を聞いたことは一度もありません。そう、彼は私にしか見えない、もしかして幽霊なのかも……。そして私は憑りつかれているのかも。彼は今でも私の生活の中に顔を出します。きっとこの近くにいるでしょう。でもあなたには見えないんでしょうね。
――女性は憎々しげにそういうと煙のように消えてしまった。ちょうどその時部屋のドアが開いた。眼鏡をかけて色白で痩身な男がすっと部屋の中に入ってきた。男は切畑と名乗った。
これからお話しするのは僕が大学に入ってから始まった奇妙な話です。僕が行く予定の場所に先回りして、まるで僕が追い回しているかのように騒ぐ女がいるそうです。しかしその女が何者なのか、誰も知らないのです。そして僕もその女を見たことがないのです。
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