№6

 僕はアレルギー持ちなんですよ。

――と苅田さんは朗らかに話し始めた。

 特に動物アレルギーがひどくてね、動物自体も嫌いになっちゃいました。ネットとかで猫の写真や動画が人気あったりするじゃないですか。ああいうの、僕は全然楽しめません。両親の教育の賜物ですよ。両親は徹底してアレルゲンを僕の生活から排除してましたから。テレビで動物番組をやっていたらチャンネルを変えたし、遠足の行き先が動物園だったときは当然のように欠席でした。

 これから話すのは一年位前の出来事です。僕は大学受験中でした。その日は思ったより勉強が進まずにイライラしていました。家に帰る気にもならず公園でぼんやりとしていると、そこに黒い小さな猫が通りかかりました。さっき言いましたが僕はそれまで動物と触れ合った記憶がありません。だからそいつが僕にすり寄ってきたときぞっとしました。きっとそうやって餌にありついてきたのでしょうが、そのころの僕にとってそれは不吉の象徴が僕を見染めたように思えたのです。思わずそいつを蹴り上げてしまいました。そいつは全く警戒していなかったので避けることもなく吹っ飛んでいきました。よほど軽かったのでしょう。数メートル先の垣根の向こうにその小さな体が消えたとき、ようやく僕はとんでもないことをしたと思いました。でも相手は所詮野良猫。僕は後味の悪さを振り切るようにさっさと家に帰りました。

 その晩、勉強をしていたら背中でボトっと何か大きな塊が落ちる音がしました。虫でも出たのかと振り返ると床に黒い塊が落ちていました。それはあの時の黒猫でした。ぐったりと体を投げ出したまま目だけ僕を見てニャアと鳴いたのです。僕は悲鳴を上げリビングにいる両親のもとに走りました。猫がいるというと両親は血相を変えて僕の部屋に来てくれました。そして床に落ちた猫を拾い上げると窓の外に捨ててくれました。ほっとしたのもつかの間、母が悲鳴を上げました。床には何事もなかったように横たわった猫が私たちを見上げていたのです。……話はこれで終わりです。

――私は本当にそれで終わりかと苅田さんに問い掛けた。

 はい。まあ、何度か父母が猫を追い出そうとしましたが猫は幽霊なのかそこから動きませんし。二人とも絶対に僕の部屋に来なくなりました。僕ですか? もう慣れちゃいましたよ。本当に鳴くだけで害がないんですよ。最近はかわいく思えてきちゃいました。幸運にも僕に幽霊アレルギーはなかったみたいです。

――苅田さんは笑って見せた。

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