№5
大田と申します。正直誰にも話せない内容なので、もう、ここですべて話して忘れてしまおうと思っています。……引っ越しも考えていて……あ、そうですね。順番に話していきますね。
私は父と二人暮らしでした。母は私が離婚して出戻ってきてすぐに他界しました。老衰です。私、恥かきっ子なんです。最後に母の介護ができたことはとても嬉しかったですよ。母は徐々に体の機能が停止していくような、きれいな死に方でした。最期までニコニコ笑ってて……。でも私、それで介護を甘く見ちゃってたんです。父のことももちろん看取るつもりだったのですが、父は認知症で突然切れて暴れて手が付けられなくなったり、大人しくしていると思えば部屋の隅で大便を……すみません。とにかく母と正反対でした。それでも機嫌のいい時はあったし、大好きな父なので世話をしていました。
でも事態がさらに悪くなることが起きたのです。ある夜からうちの周辺をバイクの集団が大きな音を立てて走り回るようになりました。暴走族……というやつですね。最初は遠くで聞こえたエンジン音が近くで聞こえるようになってきたころ、父がそれに対して激しく憤慨するようになりました。私が止めても凄い力で振り切って走ってバイクを追いかけます。暴走族の男たちはパジャマでギャーギャー叫ぶ老人を見て面白がつて……直接に暴力は振るわれませんでしたが、父をあおってからかったり、こけさせたり。わざとエンジンを切ってうちの前に集合して塀に落書きされたり……。私はそんな集団が怖くて父を助けに外に出ることもできませんでした。昼の外出まで躊躇するようになったとき、ぴたっと彼らの来訪がやみました。父もその間はとても穏やかで私はほっとしました。
しかし数日後、思い出したかのように家の外が騒々しくなりました。その時うつらうつらと眠りかけていた父がはっと起き出し「あいつらだ!」と飛び出しました。止める間もありません。思わず追って玄関から外に出ましたが、そこは真っ暗でした。バイクのライトどころか街灯すらありません。そして騒音、暴走族のエンジン音やざわめきではないんです。獣の唸るような声と遠吠えのような声、地響きのような低い音が何重にも重なり合った、聞いたことのない音。よく目を凝らすと家の前の道路を大きな黒い影が蠢きながら進んでいます。体が大きい様々な生き物が重なり合いながらゆっくりと同じ方向に進んでいます。父の姿はその影の中に消えていきました。私は恐ろしくなって家に帰り布団をかぶってがたがた朝まで震えていました。父はそれ以降帰ってきません。たぶん、もう二度と帰ってきません。
――大田さんは謝礼を受け取ると振り返らずに去っていった。
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