№2
――さあ、話してくださいとレコーダーを起動させて伊手さんを促すと、伊手さんは自嘲気味に笑った。
これが怪談といえるものなのか。期待しないでください。……私は昔から賭け事が好きで、大学生ですでにそれで借金をしていました。親はもちろん友達にも金を借りて踏み倒して。今思うと病気です。あらゆる縁を切られたのにもかかわらず、まだ足りないとあまり親しくない人にまでせびり始めました。
……その先輩は学内でも変人と名高い、誰も近づかないような男でした。先輩のアパートに押しかけ、私は土下座して借金を頼み込んだんです。先輩は「おまえ、金借りるってどういう事かわかってる?」と言い出したので説教が始まるのかと思いました。が、先輩は下げている私の頭を抑え込むと何やら呪文のようなものをブツブツと呟きました。びっくりして顔を上げると先輩は箪笥の引出しから札束を取り出したのです。ドラマの銀行強盗が掴んでカバンに押し込んでいるあれです。一束だったので百万円ですね。当時は数えたりしませんでしたが。何故同じ学生の先輩がそんな金を持っているのかはわかりません。しかし先輩はその札束を差し出して言いました。「借金って『借りる』から始まって『返す』で終わる。これを返すまでお前は何も終われない」
意味が分からなかったし気持ち悪かったので礼を言ってすぐに帰りました。
それから、先輩が言った通り私から「終わり」がなくなりました。仕事をしても自分だけでは終われない。本を読んでも最後の章が判読できない。終わらないんですよ。あの先輩の言葉の意味を理解した私はすぐに先輩を探しました。……もともと共通の友人も居ませんし、大学の学生課に問い合わせても卒業してからの足取りはつかめず、所属していた研究室の教授も連絡は取っていないと。……どうせもう亡くなっていますが。ん? なんでわかるのかって? さすがにあれから九十年経っていますから。普通の人生なら終わりを迎えていますよ。僕も早く終わらせたいものです。
――まだしゃべろうとする伊手さんに帰ってもらってから彼に出していたコーヒーカップを見た。コーヒーは一口分だけ残っていた。
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