怪談レポート

久世 空気

№1

 怖い話というか、まあ、俺の自業自得だから笑って聞いてくれ。

――と、朝日さんは語り始めた。

 俺の婆さんはそりゃ孫に甘かった。おやつをつまみ食いしてもお袋みたいにがみがみ怒らないし、小遣いせびるとハイハイって簡単に仏壇のへそくり出してくれた。婆さんって生き物は皆そんな感じなのかな。でもさ、俺みたいな悪ガキは味を占めちまうんだよ。次第に何も言わずに仏壇から金盗っていくようになった。その時は「婆さんの手間を省いてやってるだけだ」くらいに思ってたな。さすがに数回でばれて親父に大目玉食らったよ。婆さんはオロオロしてたけど、親父が拳振り上げたら止めてくれた。結局、後で一回だけ殴られたけど。婆さんは

「昔の盗人はテテ(幼児語で手のこと)ちょん切られたけど、おとうちゃんに怒られるだけ でよかったなぁ」

 って撫でてくれた。俺なんかクソガキだったから「全然よくねえよ!」って思ってたけどな。今は本当に優しい婆さんだったって思う。そんな婆さんだけど、それからすぐに怪我して入院して、怪我がなかなか治らなかったせいで入院が長引いて、ボケて退院せずにそのまま逝っちまった。ホント、もっと婆ちゃん孝行しとけばよかったよ。

――そこで朝日さんは左手で湯呑を口に運んだ。

 俺は学校卒業して務め出して、そんなことすっかり忘れてた。ある日、終電で帰ってたら俺が降りる前の駅で降りた男が財布を落とした。声かけたけど、向こうは酔っぱらっていたみたいでふらふらと振り返らずに降りちゃってさ。すぐにドアが閉まって発車したから俺も追いかけられなかった。どうしたもんかって財布持ち上げて回り見渡したら誰もいない。俺が次の駅で駅員に渡すしかねぇかって、そう思ってたんだよ、最初は。だけどさ、俺はそれを鞄に入れて帰っちまった。魔がさした、とは思わねえ。きっと俺は性根から盗人だったんだよ。……家に帰って習慣で仏壇に手を合わせた。婆さんには申し訳ない気持ちでいっぱいだった。目をつむって拝んでたらがしっと手を握られた。目を開けると死んだはずの婆さんがいた。見たことのないような、般若みたいな顔してたが、婆さんだったよ……そのあと? 俺の悲鳴で目を覚ましたお袋が倒れてる俺を起こしてくれた。財布は……次の日、交番に届けた。うん、それだけだ。

――そうしてまた朝日さんはお茶をすすり、私からの謝礼を受け取って帰っていった。

――朝日さんの右腕はインタビューの間ピクリとも動かなかった。

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