第12話 ゴルノ村にも熊

「よっ・さっ・くぅー、おめさ、釣りさ行くだか?」


「おぉミラじゃねぇか、こげに朝早よからなにしちょるだ?」


「おめが釣りさ行くと思おてな、握り飯ばこさえただ。

だから・・・おらも釣りさ連れてってけろ」


「そか、だば一緒に行くだか」


与作の家に予備の竿を取りに行くと、二人は並んで川に下って行った。

場所は最下流部分のアンの家から降りた所だ。


竿は竹竿である。

一年間、囲炉裏の上で干してあった真竹のうち、節目の良いものを選んで

長さをそろえ印籠継となっている、90センチ4本継、3.6メートルだ。

もちろん与作が作ったものではない。ヤハチの作だ。


糸はテグス、蚕の絹糸線を酢で処理して作る。

もちろん釣り用に伸ばしたものではなく、網用の物なのでタコ糸より少し細い程度だ。

色は染めて無いため、白っぽく見えるので、太く見える。

八尾から貰った1号のハリスが50センチ程付けられ、ゴンが作った針が結ばれている。


冬も終わりが見えてきた。が、水温はまだまだ低い。

淵周りの緩やかな流れの深みを狙って竿を入れる。


八尾から教わったように、流れに任せて餌を流す。

何投かすると、ふいに糸の流れが止まった。


喰った。


与作は手を上にちょっと上げる。

手首を返すとさお先が動きすぎハリスが切れる。

ハリスもだが、針は貴重品だ、ロストは避けなければならない。

軽い動きで合わせを入れる。


流れに逆らわず下流に寄せる。

そして暴れさせないように取り込み、濡らした笹が入れてある竹の籠に入れる。


一連の動作を見るに、相当釣りまくっていると思われる。


ミラも釣りあげたあと、地面の上で魚を跳ねまわらせてはいるが、糸も切らず

上手く釣り上げているようだ。


竹の籠の重さを感じるようになった位で昼飯にした。


焚き火をさっと熾す。

八尾では無いので、着火は火打石だ。

火打ち金と火打石の角をぶつけると、高炭素鋼の火打ち金が削れて熱で燃える。

石はモース硬度が高ければ何でもよい。そして角が付いているのがミソである。

角が取れて丸くなった奴は使い物にならないのである。


カッカッと火打ち金と火打石を合わせる。

そして飛んだ火花を藁を叩いて炭を混ぜた着火剤に落とす。


ふーふーと息を吹きかけ、火を育てる。

やがて、白い煙が上がり、炭の粉が赤くなる。

焚きつけの藁で包み、また息を吹きかける。


だんだん白い煙が多くなり、最後、ふっと息を拭いた瞬間、煙は火に代わる。

それをざっと組んだ焚き木の下に入れる。


火は細い薪を炙り、次第に炎が薪を侵食していく。


串に刺した魚に塩を振る。


そして焚き火にかざす様に焼いていくのだ。


「ミラっ、魚が焼けたでー、飯にすべぇ」


「わかっただー、これ取り込んだらば、すぐ行くー」


魚を籠に入れ、針を竿のお尻に刺して戻って来る。

竿は少し曲がった状態になる。

竹竿でこれをやると、曲がり癖が付いてしまうのだが・・・


「ほれ、握り飯じゃぁ、朝おらが握ったんだぞー」


握り飯というか、ソフトボール位のサイズの丸いご飯の塊が出てきた。

当然この世界にも海苔がある。ちゃんとそれで巻いて・・・包んであるのだ。


・・・でかい。


与作は両手で握り飯を掴んで喰らい付く。


・・・固い。


冷えた握り飯は、しっかり握り込んであり、重量感もたっぷりである。


それでも握り飯は旨い。

かぶり付くところによって、塩味の濃い薄いがあり、良いアクセントとなっている。


「旨めぇよ、ミラ」


「よかっただぁ、おら頑張って握っただぁ」

・・・頑張りすぎた感は否めない


魚も旨い。・・・がその話はもう良いだろう。


飯を喰い終わり、焚き火を消した。

再び釣り始めようとした時、与作は見た。


黒い塊がのしっ、のしっと川を上って来た。


ミラがはよ釣ろうと与作に近づく。

与作は腰の鉈を抜いた。角鉈である。

勝ち目は・・・無い。


「来んな、ミラ、逃げろ」


だが距離も無いので、逃げられない。

せめてミラだけでも逃がす。


『おぉ、こんなトコにもおやつが居んじゃん、ラッキー』


熊との距離は20メートルを割った。


与作は熊と目を合わせる。

・・・片目が無い

ミラは角鉈を抜いて腰を落とす与作を見て、何事ぞ?と寄る


『なに?またハンターか?やべぇ またかよチクショウ』

・・・どっちが畜生なのか・・・


熊は振り返りもせず、川を下って行った。


ミラが持っていた釣竿は、釣り糸としては太目のテグスである。

しかも、竿尻に針をひっかけてあるので、竿が少し曲がっている。

そう、弓と勘違いしたのだ。


ブルブルと腰を抜かす与作。

「た、助かった?」


「なんぞあったのけ?」

呑気なミラである。いや、姿を見て無いからであろう。


二人は魚の入った籠を担ぐと、一目散にミラの家を目指した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る