036

俺は目を覚ます。いつもの丘、いつもの空、いつもの景色。だけど違うのは俺のそばにファムがいないということ。まあ、当然だろう。俺はふと疑問に思った。俺が前に消えてから今、ここに来るまでにこっちの世界では何日経っているんだろう。元の現世界ではどうやってこっちに来ているのか、どのタイミングで来ているのかは今の俺にはわからない。だから、前回戻ってから何日後に召喚されてここにいるのかが不明なのだ。

「まさか・・・もう、儀式が終わってるってことはないよな・・・。」

不安がよぎる。とりあえず、リーナの家にでもいってみようかと思い、起き上がろうとすると、後ろに気配を感じたので俺は驚いて振り返る。

「おにいちゃん、きのうぶりだね。まってたよ。」

リーナが笑顔で迎えてくれた。昨日ぶりってことは・・・一日経っているってことか?よくわからないな。いや、そんなことはどうでもいい。

「リーナ?儀式はまだ・・・だよな?」

「うん・・・。おにいちゃん・・・また、むりしたんだね。もう・・・バカ。」

「聞いたのか?・・・ごめん。」

「・・・うん。・・・おにいちゃんののぞみをかなえるよ。ファムちゃんのおうちにいこう。・・・ファムちゃん。きっとまってるから。」

「ああ、ありがとう。いこう。」

俺とリーナはファムの家へと急いだ。決闘は今日の夜。時間はあまりないのだ。


俺はリーナの後についてファムの家にこっそりと入る。玄関の鍵はリーナが簡単に開けてくれた。ていうか、この子・・・空き巣の才能があるんじゃないのか!?こんなにも人んちの鍵を簡単に開けられるなんて、これからは油断ができないな。

居間にはファムはいないようだ。・・・となると、ファムの部屋か。リーナは俺に少し隠れるように指示をして、ファムの部屋に突撃していった。ああ、あの時もこうやって突撃してきたんだな・・・。思い出すとなんだかいい思い出で笑えてくる。リーナは残念そうに部屋から出てきた。ファムは部屋にいないようだった。

「あれ?おうちでまっててっていっておいたのに・・・なんで?」

ガチャ。俺の後ろから扉が開く音が聞こえた。俺はビクッとして慌てて見てみると、唖然としたファムがそこにいた。その服装はあの残念な寝間着で・・・。

「み、御霊さま・・・。なんで・・・?」

リーナはやばいという雰囲気全開でファムに突撃・・・いや、抱き着いて、魔法を打たせまいとしている。ファムの目は若干緑がかっている。

「ファムちゃん!?おちついて、ね?おちついて・・・おにいちゃんはわるくないの。リーナがごういんにつれてきたの。ね?ね?」

ファムは魔法を抑えて深呼吸をする。

「・・・御霊さま。・・・もう私に関わらないでっていいましたよね。申し訳ありませんが、出ていってもらえますか?」

ファムは目を伏せて静かに言う。その手は小さく震えて、声はとても悲しそうだ。

「ごめん。無理だ。俺、いくとこないから。」

俺はさらっと言う。その言葉に、ファムはキッと俺を睨みつける。

「リーナ!!出ていって。・・・・・・早く!!!」

「え?でも・・・。」

リーナは俺の方を見て確認する。俺は無言で頷く。それを見てリーナは家から出て行ってしまった。沈黙が続く。俺もなにから言い出したらいいものか・・・。でも、俺からいかなきゃいけないだろう。いつまでも、女の子にリードさせておくのは男がすたるってもんだから。

「ファム・・・。俺、ルイスと決闘することになった。時間は今日の夜。あの神殿の舞台上で。」

「!!!?」

ファムは相当驚いているようだ。知らなかったのか!?服装や顔の状態を見るとずっと家に、いや、部屋に引きこもっていたのだろうか。リーナに様子を見るように頼んでおいて正解だったな。

「・・・なんの為に・・・そんなことをするん、ですか?」

小さい声でファムは言う。

「何のため、か。うーん、俺の為に・・・かな?」

「あなたは、・・・なにが、したいんです・・・か?また・・・死にた・・・いんです・・・か?」

ファムは俯いたまま、途切れ途切れに言う。涙がポタポタと落ちている。あぁ、もう泣かせちゃったな。リーナにバレたら許されないんだよな。確か。

「俺は死なないよ。ちょっと、俺の女に手を出したガキにお仕置きをするだけさ。」

俺は考え込んできたセリフをここぞとばかりに決める。

「あなたは死にます。・・・このままじゃ。・・・決闘の意味を、わかっているんですか!?神官は、決闘においては御霊を殺すことが許されているんです!!」

「・・・え?そうなの??」

あれ!?ルイスが御霊を殺すことは禁忌って言ってたような気がするんだけど。

「もう!本当に・・・あなたには愛想が、尽きました。ルイスは、あなたを殺、す・・・気で、決闘を・・・うぅ・・・う・・・。」

急にファムが泣き出した。子供のようにワンワンと・・・恥ずかしげもなく、大声で。着ている寝間着のモコモコで顔を拭きながら、口を抑えながらワンワンと泣きじゃくっている。そんなファムをみて俺はファムに近づいて優しく抱きしめた。

「・・・やめて、もう、やめてください!!」

ファムは俺から離れようと抵抗をするが、その手にはまったく力が入っていない。抵抗する素振り、離れようとする素振り。本当は離れたくなんてないんだろう。

「・・・にげ、て。」

ファムはか細い声で言う。

「ん?」

「私からの、最後で、もういいんです。お願いします。逃げて!!逃げてください!!!あなたを・・・死なせたく、ないんです。・・・お願い・・・します。」

俺は考えて考えて言う。

「できない。・・・俺はこの世界で本当にやりたいこと。本当の望み、俺の意志を見つけたんだ。今、逃げたら、その全てを失ってしまうんだ。」

「・・・・・・。」

「ファム。君とこの世界で、いや、この世界を一緒に生きたいって思っている。・・・ファム。愛してる。ずっとずっと、君だけを愛してる。」

ファムはまた泣き出す。俺の服に顔をこすりつけるように。そして顔を俺の胸につけたまま大きな声で叫ぶ。

「もう!もう!もうもうもう!!なんなんですか!?私は・・・あなたが生きてさえいてくれれば、それでよかったのに!!もう、巻き込みたくなかっただけなのに・・・どれだけ・・・私がどれだけ、心を殺し、て・・・。」

「・・・知ってる。ファムはいつだって俺のことを考えてくれているって。どんなことを言われたって、信じてた。ありがとう。俺の為に。」

「・・・殺され、てしまいます。・・・イヤ、嫌です。嫌で・・・す。・・・逃げましょう?私も一緒に!ユウタさまと一緒に逃げます。・・・どこか、遠くに、二人で逃げましょう。」

俺はファムの肩を持ち、ファムの顔を見る。ファムは涙でグシャグシャになりながらも俺の目を見てくれる。

「俺を信じて・・・。俺は絶対に死なない。ルイスを懲らしめて、ファムの元に絶対に帰ってくるから。俺の傍で信じて待っててくれ。」

ファムは両手の袖で涙を拭いて、じっと俺を見つめる。

「・・・信じ、たい。・・・ユウタ、さ・・・」

俺たちはキスをした。長く、優しく。何度も・・・何度も・・・。

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