035

「優太君!!!」

いつもと違う帰り道で急に声を掛けられる。その呼び方、その声。ああ、なんていうタイミングだ。俺は立ち止まり振り返る。

「・・・ひなた。・・・なんか、久しぶり。」

俺は笑顔で声を掛ける。ひなたは少し怒ったような表情をしている。まあ、なんとなく察しはつくが・・・。

「久しぶりじゃない!!なに?なんなの??メールも電話もシカトして!!学校では会わないように逃げ回って!!なんなのよ。」

うわぁ、ひなたが怒るとこんな口調なんだ・・・。こわ。俺は何年もひなたと一緒にいるがこんなにも声を荒げてしゃべるのは初めて見た。・・・俺は、ひなたの穏やかな一面しか知らなかったんだな。

「優太君!!昨日も今日も学校ではおかしかったよ!普通じゃなかった。どうしちゃったの!!ねえ・・・ねえ。」

ひなたは震えている。怒りながらも震えている。俺が取っていた行動でこんなにも周りを傷つけて、苦しめて、困らせていたんだな。いや、そんな偉そうなことは考えない。誰だってきっと、自分が周りに与える影響なんていうのを常に考えて生きていけるわけじゃないんだ。それは、当然俺だって、・・・ファムだって。

「ひなた、なんか色々とごめんな。たしかに俺は少し変だったと思う。・・・ちょっと色々あってさ。・・・メールとか電話とか・・・返せなくてごめんな。」

「それは・・・私よりも大事なこと・・・だったの?」

俺はドキっとする。ひなたがそんなことを言うなんて・・・。それは捉え方によってはまるで恋人同士のような・・・。そんな言い方だ。ひなたは怒りは収まっているかのようにトーンダウンしている。俺は動揺を隠せずにどもってしまう。

「だ、大事とかそんな、ただ、ちょっと本当に忙しかったんだ。ごめん。」

俺は誤魔化した。はっきりとも言えない。どうしようもない。

「・・・・・・・・そっか。じゃあ、さ。・・・私があげたあのお人形。ちゃんと大事にしてくれてる?」

「・・・人形?」

ひなたは睨むように俺を見つめる。やばいやばいやばい、また怒り出すかも。

「持ってる!!大事に持ってるよ!家にちゃんと飾らせてもらってます。」

なぜか敬語になってしまう。だめだ、典型的な動揺を見せてしまっている。

「・・・もう!・・・私達って知り合ってから随分立つよね・・・。」

「・・・そうだね。」

ひなたは静かに深呼吸する。

「あのね・・・・・・花火の日に私に伝えようとしてくれたこと。・・・もう一度、今・・・教えてくれる?」

俺はドキドキと心臓が高鳴る。まさか・・・ここで、こんなときに言われるなんて。そもそも、俺がなにを言おうとしていたのかをひなたは知っているのだろうか。まさか期待している!?俺がひなたへの想いを伝えることを。ひなたは俯いて、目を瞑っている。ひなたは待っている。俺が、その全ての始まりともいえる。その言葉を伝えることを。

「ひなた・・・。俺は、俺はさ。」

「・・・・・・。」

はは・・・。なんでだろう?なんで。なんで?・・・なんでなんでなんでなんで!!・・・・・・なんでなんだ・・・。

なんでこんなにも涙が溢れてくるんだろう。俺は止どめなく溢れる涙をひなたにばれないように拭く。言えるはずだろう。あんなにも想っていた。あんなにも恋焦がれていた。あんなにも大事にしていた。ひなたへの想い。伝えよう。ここで。伝えたい、はっきりと。

「俺は、ひなたのこと・・・ずっとずっと。」

ひなたは目を開けて、俺を真っ直ぐに見る。本当に可愛い。怒った顔も笑った顔もその真剣な顔も。俺はこのすべてに憧れて好きになっていたんだ。

「ずっと・・・良い友達でいたいって思ってるんだ。・・・だから、これからもずっと、よろしくな。」

「・・・え?・・・それって。」

ひなたは明らかな動揺を見せる。俺はできる限りの笑顔で応える。

言えない・・・言えなかった。どうして、俺がひなたのことを好きだなんて言えるのだろうか。もしかしたら、あの花火の日で俺の恋は終わっていたのかもしれない。いや、違うな。ファムと出会った瞬間に俺は変わってしまっていたんだろう。薄情な話かもしれないし、とても一途とは言えないだろう。だけど、これが俺の今の正直な気持ちなんだ。この世界のことじゃない。あっちの世界のことだとしても俺が今想っているのは、やっぱりファムなんだ。世界が違うからってこの気持ちに嘘をつくわけにはいかない。明日にはこの気持ちも忘れてしまうかもしれない。それでも、そうだとしても・・・・。今この瞬間のこの気持ちを裏切ることはできないんだ。・・・もしかしたら、あの日、ちゃんと伝えられていたらすべては違っていたのかもしれないな。そんな風に思ったりもする。だけど、もうそんなことを考えても仕方ないだろう?・・・だって、今、俺が生きているのはこの時間でこの2つの世界なんだから。

「友達・・・か・・・。・・・優太君!!、私、本当は・・・」

「おーーい!相沢ーーー。一之瀬ーーーー。」

ひなたの言葉を遮るように、木下が大きな声で叫びながら走ってきた。ひなたは何かを言おうとしていた。俺はもう一度聞こうと、ひなたを見るが目を伏せて何も言わない。

「相沢ーーー!てめー、今日に限ってなんでこんな裏道から帰ってんだよ。一之瀬もいねーし、俺がどんだけ探し回ったんだと思ってんだ。」

はあはあと息を切らせて、木下が言う。

「ん?ああ、悪い。ていうか、電話すりゃいいんじゃねーの?俺、携帯持ってるし・・・。」

そう言いながら、俺は携帯を取り出す。画面には不在着信が異常なほど掛かってきていたようだ。

「あ、ごめん・・・。マナーになってる・・・。」

「ったく。何のために携帯を持ってんだよ!まあいいさ。・・・で?お前らはここで何やってんの?」

ひなたはいつもの表情に戻っている。そしてすこし慌てたように。

「なにもしてないよ。優太君が私から逃げ回って・・・ちょっとムカついたからここで張ってたの。絶対にこの道通るって思ってたから。」

「え?嘘・・・。そんなの読まれちゃうの、俺。」

「優太君?私達は何年一緒にいると思ってるの?もう、わかるよ。優太君のことなら・・・」

木下はニヤニヤとしながら見ている。

「ま、なんだかよくわからないけど。とりあえず、カラオケでもいかね?当然、今回は相沢の奢りだからな!!俺の昼休み分しっかりと払ってもらわないとなー。」

「えーー、なになに?昼休み分って、二人してまた私を仲間外れにしてたのーー?ちょっと、優太君?いい加減にしないと・・・。」

「ふふふ・・・。ははっはは・・。」

俺は笑っていた。楽しすぎて、嬉しすぎて。こんな風にいられる自分が幸せすぎて笑わずにはいられなかった。

その後、俺は結局カラオケにはいかなかった。俺はどうしてもやらなきゃいけないことがあったからだ。木下とひなたをなんとか説得をして、後日、今日の埋め合わせをするということで納得してもらったのだ。もちろん、その時の遊び資金はすべて俺が持つということになった。俺は、自宅へと帰り、早めの夕食を済ませる。昼食を食べていなかったせいか、異常なまでの空腹から大量のご飯を食べ、その様子を見て母さんは安心しているようだった。夕食後、俺は母さんに念を押す。これから熟睡したいから部屋には入らないで欲しいと。なんのことを言っているのかをわからない様子ではあったが、母さんはわかったわかったと若干ニヤついて了承してくれた。・・・なんか変な勘違いされてなければいいんだが。

シャワーを簡単に浴びて部屋着へと着替える。部屋に戻り、ドリンクを一飲みして、俺はベットへと寝転がる。当然、寝る時間にしてはまだ早い。眠気なんて一切ないのだ。

「よし、行くか・・・。」

俺は学校の制服に着替えて、睡眠薬を手に取り、ドリンクと一緒に飲んだのだった。これは木下たちとわかれたあとに掛かりつけの病院でどうにかこうにか理由を付けて頂いたものだ。・・・とにかく眠れば、・・・きっと、あっちに・・・いける。はず。だんだんと薬による作用なのか、まぶたが重くなってくる。・・・そういえば、ひなたからもらった人形ってどこにいったんだっけ?重くなるまぶたと戦いながら考える。あの日からみていないような気がする。今にして思えば、あの人形・・・少しだけファムに似てい・・・た、ような・・・。

俺は深い眠りへと入っていった。


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