031

まだだ。まだ、すべての話を聞いたわけじゃない。俺は椅子へと戻り、お茶を飲み干す。涙を拭き、真剣にフィリアさんへと向き合う。リーナはお茶のおかわりを持ってきてくれた。あとはそのまま俺の隣に座り、俺の腕にぐっとしがみつく。安心させようとしてくれているんだろうか。心強さを感じている。

「すいません。続きをお願いします。」

俺はフィリアさんに頭を下げてお願いをした。フィリアさんは少し安心したような表情を見せて話し出す。

「存在していない、というのは言い過ぎたかもしれません。正確には召喚されてこの世界に来ているんです。」

召喚・・・。ゲームなどではよく耳にする言葉だ。俺は召喚されている。・・・そうか、だから元々存在しているわけではない。ということなのか?

「神殿の奥には転生石と呼ばれる神聖な魔力を持った大きな石があります。御霊様はその転生石が反応したときにこちらの世界へと召喚されていると私は聞いています。」

「誰が、召喚しているのかはわかりますか?」

フィリアは首を振る。リーナを見てみるが同じように知らないようだ。

「言い伝えではこの世界には純粋な人間、御霊様が必ず必要でこの世界を保つために神様が召喚していると言います。召喚された御霊様はどこからか現れると言いますがどこに出現するのかはわかりません。ただ、転生石の周辺だということは間違いないのですが・・・。」

「そうなんですか・・・俺は神様に召喚されてこの世界に・・・。だから、だから記憶がないのか。俺はどうやってこの世界に来たのかを知りません。いつも気が付いたらこの世界にいて・・・そうか。そういうことか。」

俺は思い当たることが一つに繋がっていき、事実にショックを受けるよりもこの世界でずっと心の中にあったモヤモヤが消えていくことのほうが嬉しく感じていた。

「御霊さまは皆、召喚される前のことは覚えていないようなのです。これは全ての御霊様共通のことになります。私がお仕えする御霊様も同じようにおっしゃっておりました。」

「お仕えする御霊・・・。もしかして、あの騎士、のこと?」

フィリアさんは嬉しそうに、そして恥ずかしそうに頷く。

「そっか・・・。あ!!」

俺はスクッと立ち上がり、フィリアさんに深々と頭を下げる。リーナもなぜかつられて一緒に頭をさげている。

「戦場で命を救ってくださってありがとうございました。俺は、・・・俺は自分の無謀さや無力さを知らずに、信念ひとつで突き進んだ結果、なにもできませんでした。・・・あの時、俺がすべてを諦めていたときに救ってくれたのはフィリアさんとその御霊様ですよね?」

リーナは驚いて俺から離れる。

「お、おにいちゃん。あのせんじょうに・・・い、いたの?」

「前回気が付いたら、戦場にいたんだ。そこで、俺は・・・バカをやって、それで・・・。」

リーナは涙を浮かべて俺の腕を叩く。

「おにいちゃんがね、まちにもどってきたときに・・・ぜんしんけもののちだらけで・・・。リーナはすっごくしんぱいしたんだよ?ファムちゃんもたくさんないて、みんなすっごくすっごくしんぱいしたんだよ。」

「リーナ・・・。」

「御霊様、もうお分かりですよね?ファムがなぜ怒っているのか。ファムだけじゃありません。私も、リーナだってずっと怒っているんですよ。」

フィリアさんは笑顔で言う。リーナはその時のことを思い出したかのようにさらに泣き出して、俺にまたしがみつく。

「あなたはあの日、命を懸けてリーナのことを救ってくれました。それは本当に感謝しています。だけど、戦場で見たあなたはただ、自分のためだけに、自分の考えだけで無謀なことをやろうとしていましたね。それは尊い行動ではありません。ただの自殺行為です。あなたを大切に思う者もいるでしょう。愛してくれる者がいるでしょう。その人たちのことを考えずに自分の信念だけで死のうとする者は、私は絶対に許しません。・・・それは、きっと、ファムも同じでしょう。」

「・・・ファム。」

俺はバカだ。あの時、戦場で本当に何をやっていたんだろう。こんな何もできない俺が殺し合いの場にいくだなんてオカシイにもほどがある。俺は、死ねないだろう?こんなにも俺を大切に思ってくれる人がいる。好きだと言ってくれている人がいる。そんな人たちを残して無駄に死ねるはずがないんだ。

「・・・さて、御霊様?」

「・・・はい?」

フィリアさんは立ち上がりこほんと咳を鳴らす。リーナも落ち着いてフィリアさんに注目している。

「あなたはあの日、命を懸けてリーナを救ってくださいました。私達はそのお礼をしなくてはいけません。」

「え?はあ・・・」

リーナは俺から離れてフィリアさんの隣に並ぶように立っている。

「私たちは一つだけあなたの望みを叶えます。なにかありませんか?」

「リーナはおにいちゃんがのぞむならリーナのぜんぶをあげられるよ?それはずっとずっとかわらない。・・・その、あっちにリーナのおへやがあるからそこで、チュッチュしても・・・いいよ?」

リーナは恥らいながらも自分の胸をクッと寄せてアピールをしてくる。この子はどこでこんなことを覚えてくるんだろうか・・・。フィリアさんは呆れたようにため息をついて顔を隠す。俺は返事に困って助けを求めるようにフィリアさんのほうを見る。すると、フィリアさんは俺の視線に気づいて慌てている。

「御霊様!?私はだめですよ?私にはもう心に決めた方がいますので。リーナみたくお部屋でとか・・・その。・・・とにかく、私はだめですからね。」

慌てながらフィリアさんは自分の胸を隠すように両手で覆う。クネクネとしたり、バタバタとしたり落ち着かない。そんな姿を見て俺は吹き出すように笑い出した。フィリアさんの慌てた様子はとても可愛くて可笑しくて。その珍しい様子に俺は笑いが止まらなかった。リーナもそんな俺につられて笑っていた。

「もう、リーナまで笑うなんて。」

フィリアさんは顔を赤くして両手で顔を隠す。俺とリーナは一通り笑い終えて落ち着く。・・・俺は久しぶりに笑ったような気がして気分がとてもすっきりしたみたいだ。ふぅっと一呼吸して、考える。俺の望みか・・・。リーナはフィリアさんの服を引っ張って俺の方を見る。フィリアさんも落ち着いたようだ。そして二人は笑顔で俺に手を差し伸べ、揃って俺に言う。

「御霊様、あなたはこの世界でなにを望みますか?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る