028

目を覚ますといつもの丘にいた。心地よい風が吹いている。記憶はしっかりと残っている。あの戦場で俺は倒れてしまったんだろう。グッと右手を握りしめる。あれから、どうなったんだろうか。エリスは・・・。フィリアさんは・・・。あと、あの騎士・・・。あれが以前ファムが言っていた強い騎士だったのだろうか。俺は目を隠すように腕を顔に当ててため息をつく。

「・・・御霊さま?」

その声に俺はハッとして上体だけ起き上がり後ろを向く。

「・・・ファム・・・。」

俺は何百年振りにでも会ったかのような感覚になっていて、体中が身震いしていた。嬉しさと感動が入り混じって、今すぐにでもファムを抱きしめたい。そう思っていた。ファムがゆっくりと近づいて俺の顔を確認して、ほっと一息入れる。

「ファム、俺さ、ファムにあいた・・・」

言い終わる前にバチン!!とファムから強力な平手打ちを喰らう。俺は何が起こっているのかがわからない。混乱する思考。ヒリヒリと痛む頬。すかさず、逆側からも左手で平手打ちを喰らう。両頬がジンジンと痛む。

「御霊さまはなにをやっていたんですか!?」

ファムが怒鳴る。その顔はいつもの愛らしい笑顔ではなく、真剣に、本気で怒っているようだった。

「いて・・・って、なにを・・・って!?。」

もう一度、バチンっと右頬に平手打ちを喰らう。とにかくしゃべらせてもらえていないんだが。まず、俺にも何か言わせてから叩いてほしいところだ。

「もう!!あなたのことなんて知りません。さようなら!!二度と私の前には現れないで!!!もう!関わらないで!!!」

そう言って、ファムは街のほうへと走り去ってしまった。なにがどうなっているんだ?わからない。なにが起こっているのかわからない。ただ、唯一わかっていることは・・・ファムは泣いていたんだ。

俺はぼけーっと座り込んだまま動けずにいた。ファムが怒ることは・・・思い当たることはいくらでもある。ファムの服を脱がして体を拭いたとか・・・。エリスと変なことになっていたとか・・・。いや、それ以前に賜物の儀でファムに突然キスをしたとか・・・。

「うーん、俺、結構ヤバい奴だったのか・・・。」

思い返すと結構とんでもないことやっていることに今更気づく。

「おにいちゃんはたしかに、あるいみやばいよね。」

後ろからリーナが話しかけてきた。驚きはしない。このパターンは何度も経験しているからな。リーナは俺の反応が薄いので少し残念そうに俺の隣に座る。

「リーナ・・・俺、ファムに嫌われちゃったみたい・・・。」

「・・・うん。」

「俺、どうしたらいいんだろう・・・。」

「・・・うん。」

お互い目を合わすことなく街の方を見ながら話をする。

「なぁ、俺って。御霊っていったいなんなんだろう。いきなり現れてみたり、消えて?みたり・・・とか。」

「・・・うん。」

リーナはうん、しか言わない。

「俺はこの世界に何をしに来ているんだろう。本当になにもかもがわからないよ。」

「・・・おにいちゃんは、どうしたいの?」

「・・・俺が、どうしたい・・・?」

「そうだよ。おにいちゃんがどうしたいのか。それをリーナはしりたい。」

リーナは俺を見ることなくただ、街を眺めながら言う。俺はリーナを横目で見るがその小さな手は震えていた。俺がこの世界で何をしたいのか・・・。考えてみれば俺は初めてここで気が付いてから本当に自分の意志で何かをやっていたんだろうか?ファムと出会って、流されるままずっと過ごしてきたんじゃないか?そりゃ、困難にぶち当たってさ、俺の意志でやっていることもあったけど、それはその時の単なる俺の判断で合って、本当の意味での俺がこの世界でやりたいことかと言われれば当てはまらないだろう。

「・・・ごめん。わからない。俺、なにがしたいんだろう。・・・リーナはこの世界でしたいこと、あるのかい?」

リーナはため息をつく。そして俺のほうへ向いて、ニコッと笑う。

「リーナはおにいちゃんといっしょにいたいよ。・・・じゃあ、リーナとチュッチュしちゃう?リーナ・・・おにいちゃんにならリーナのぜんぶあげられるよ。」

ドキっとする。俺はリーナの顔を見る。その眼差しは真剣だ。本気でそんなことを思っているのだろうか。イエスというのは簡単だ。だけど、リーナが言っていたそれが俺がこの世界で本当にやりたいことなんだろうか?

「あ、うんとね。いますぐおへんじはしなくてもいいの。かんがえてみてね。・・・じゃあ、まちにもどろうよ。ずっとそとにいるのはあぶないからぁ。」

リーナは立ち上がって背伸びをする。俺も一緒になって伸びをして立ち上がる。こんな年端もいかない子供に相談して、答えも出せないなんて、情けない話だ。だけど、リーナが本気で言ってくれているのはよくわかる。だからこそ、簡単に答えるわけにもいかない。返答までの時間の猶予をもらったとはいえ、俺も本気で考えて答えをださなきゃいけない。そう心から思った。

俺はリーナと手をつなぎ街へと向かう。途中で花を見たり、空を見たりと寄り道をしながらだ。その間、実は俺は妙な気配を感じていた。たぶんリーナも気づいていると思うのだがまったく動じていないので大丈夫なんだろうと思い、あまり気にしないようにしている・・・。だけど、その突き刺さるような視線はどこかで感じたことのあるものだった。

「リーナ・・・なんか気配が・・・。」

「だいじょうぶだよ。リーナがついているから。きにしないきにしない。」

やっぱり気づいていたみたいだけど、まあ、大丈夫なんだろう。逆に気にしすぎて状況がこじれてしまっても大変だろうから、ここはリーナの言う通りに気にしないでおこう。俺たちはまるで本当の兄妹のように歩く。ギュッと離れないように手を握り合って・・・。

「おにいちゃん。みてみてーあのおはなきれいねー。」

「ああ、本当だ。・・・ファムの髪に飾ったらとても似合いそうだ。」

「もう!おにいちゃんはファムちゃんのことばっかりなんだからー。リーナにはかざってくれないの?」

「あぁ、ごめんごめん。」

俺は花の所へと近づき花を摘み取る。そして、リーナの髪に刺して飾る。

「フフフッ。どう?」

「ああ、可愛いよ。リーナは大きくなったらきっと美人になるだろうな。花が似合う女の子っていうのは将来美人になるって相場が決まっているんだ。」

「そうばがきまってる?あはは。おにいちゃん、またへんなこといってるー。」

俺たちはそんな会話をしながら正門までやってきた。



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