026

俺はおかしくなってしまったのだろうか。なんで、なんでこんな風になってしまったんだ。自分の異常さに不安を感じて、俺は部屋に引きこもっている。携帯にはメールや着信がたくさん来ている。だけど、見ることはできない。きっと木下からだろう。見てしまったら、俺は・・・。

コンコン。俺の部屋をノックする音が聞こえる。

「優太?聞こえる?あんたどうしちゃったの?急に帰ってきて部屋にひきこもっちゃって。なにかあったの?」

「・・・・・・ほっといてくれ!!」

「・・・そう。夕ご飯、ここに置いておくから、後で食べなさい。母さんと父さんは二人で出かけてくるから。・・・なにか困ったら電話するのよ。」

そう言ったあと、玄関の開く音が聞こえて、両親は出て行ったようだ。気遣ってくれたのだろうか・・・。俺は本当に何をやっているんだろう。そういえば昼もまともに食べていなかったな・・・。部屋の扉を開けて夕食を部屋に持ち込む。そして、俺は目の前の夕食をむしゃらに食べた。食べながら俺は恥ずかしげもなくワンワンと泣いていた。空腹が満たされて少し落ち着いてきたようだ。俺はパソコンを立ち上げて、精神疾患について調べることにした。だけど、有力な情報は見当たらない。夢というのが関わって精神疾患に掛かることがあるというのはわかったのだが、俺みたいなケースはないようだった。

「病院に・・・行った方がいいのかな・・・。」

これ以上、両親に心配をかけるわけにもいかない。木下にだって謝らなければいけない。この異常さが治るなら、すぐにでも病院にいきたいところだ。・・・だが、時間はすでに21時過ぎ、もう、やっている病院はないだろう。

「明日だ。明日必ず行こう。」

俺は夕食の食器をキッチンへ持っていき、部屋に戻る。思いっきり泣いたせいだろうか。ほんの少しだけ自分自身が落ち着いているのがわかる。これは、両親に感謝しなくちゃいけないな。一人でいなければ泣くこともできなかっただろう。親の偉大さを改めて感じた。数時間後、両親が帰ってきたようだが、俺には触れず、そのまま寝てしまったようだ。きっと、キッチンに片付けられていた食器をみて、少しは安心してくれたんだろう。・・・落ち着いたとはいえ、俺は、寝ることはできなかった。怖かったのだ。いまだに思い出せないのに恐怖だけがしっかりと残っている。こんな状態で寝ることなんてできない。その夜、明け方まで俺はネットで精神病のことや夢のことを調べ続けていた。明け方、カーテンを開けると昨日と同じようにランニングをしている年配者。犬の散歩をしている人。昨日と変わらない日常がそこにあった。そして、携帯のアラームが鳴る。ビクっと驚き、慌てて消す。

「学校に行って・・・木下に謝ろう。」

本当なら行きたくはないのだが、おかしくなっている自分のことより、木下を傷つけてしまったこと。そのまま置き去りにして逃げてしまったことの後悔が強い。直接会って謝りたいという気持ちが一番なのだ。心の中のモヤモヤがなくなったわけではない。だが、昨日に比べてそのモヤモヤは薄まっているのを俺は実感していた。寝て、夢を見ていないせいなのかもしれないな。


学校についてから既に2時限目がはじまっているのだが、俺は木下には今だ会えずにいた。授業の兼ね合いでかうまくタイミングが合わないのだ。決して逃げているわけではない。ちゃんと謝りたいと思うからこそ、二人きりで時間が取れるタイミングが欲しかったのだ。

今は、世界史の授業中。俺は昨日と変わらず窓の方を見て、空を眺めている。

『この国では部族間の争いが絶えずに、ずっと戦争をしていたんだ。私達の今の感覚ではわからないかもしれないが、この時代の人々は自分たちがこの世界を統一することが当たり前だと考えていたんだな。』

先生が熱心に授業を行っている。戦争・・・争い・・・殺し合い・・・。俺はそんなワードを聞くたびに胸が締め付けられるようだった。そして、いつの間にか癖になっていたようで唇を噛みしめていた。

『私達はこの平和な時代に生まれたことを感謝しなくてはいけない。日本は世界に比べると安全で平和な国だ。争いも、ましてやこのご時世殺し合いなんていうこともないだろう。』

先生の授業を聞きながらギリギリと唇を噛む俺は遂にブチっと唇を噛み切ってしまった。

「あ・・・いって・・・。」

俺の声に隣に座っていた女子が気が付いて、先生へ報告をする。先生はどうしたんだと言いながら俺に近づいてきて、保健室へ行けと吐き捨てた。随分と冷たい言い方をされてしまっているのだが先生が悪いわけじゃない。授業もまともに聞かず、ましてや、急に唇を噛み切って出血をするような生徒にはあきれ返って当然だろう。周りのクラスメイトもザワザワとしている。俺は立ち上がって保健室へといこうとした。すると、俺に気づいてくれた女子がハンカチを俺の口に当ててくれた。

「相沢君、その、使って。」

「・・・ありが、とう。」

俺はもらったハンカチを口に当てながら教室を出たのだった。


保健室には俺は何度もお世話になっている。剣道をやっている以上、怪我は絶えず、湿布だったり、切り傷だったりとよくここには来ているのだ。もちろん、俺だけではない。木下も他の部員もここの常連だ。

「あらら・・・どうしたの!?こんな時間に。授業中じゃないの?」

「あ、先生。・・・口を切っちゃって・・・。」

ハンカチを外すと血が出てくる。出血量はたいしたことはないと思うのだが・・・。保健の先生は慌てて治療をするために俺を椅子へと座らせる。

「相沢君は本当に怪我が多いのね。先生も困っちゃうでしょ?学校は生徒に怪我をさせないことが第一なのよ?」

「ああ、はぁ。すいません。」

「唇を噛み切ったの?どうしたらそんなことになるの・・・。もう!」

「・・・・・・。」

俺はなにも言えなかった。こんな状態の俺なんてわかってもらえるはずなんかないんだ。と心の中で思っている。

「いい?自分の体は大事にしなくちゃいけないのよ?あなたはあなただけのものじゃないんだから。ご両親だって心配するでしょう。ほら、アーンして。」

アーンしてって、まるで子供扱いだな。この保健の先生はうちの学校では結構有名で美人、可愛いとかなりの評判だ。だから、男子にはもちろん人気なんだけど、女子からの人気も高いらしい。昼休みは女子が保健室に集まって一緒に昼食を取るぐらいだから相当なもんだろう。そういえば、確か、クラスの女子が放課後によくカウンセリングを受けたって言ってたな・・・。そういう精神病について詳しいのかな?・・・保健の先生とそういう話ってしたことがないから知らなかったのだが。

「はい、これで終わり。どう?まだ、痛むと思うけど、剥がしちゃだめよ。」

「・・・ありがとうございます。・・・先生、その・・・。」

聞いてみたいんだけど、言葉が詰まる。変人だと思われたくないと思っている自分がいるのだ。

「相沢君はもっとしっかりした子だと思っていたけど、何かあったの?昨日から調子が悪いんでしょ?他の先生も心配してたわよ?」

「え!?あぁ・・・はい。」

やっぱり先生同士で連絡をしていたようだな。そんなにも俺はいつもと違って見えてたんだな。でも、だからこそ授業中の俺の態度にも寛容な対応をしてくれていたんだろう。

「今日は他に生徒もいないから話してみてもいいのよ?先生ね、こう見えて心理カウンセリングの資格だって持っているんだから。」

自慢そうに胸を張る。白衣が開いて大きな胸が強調されている。大きな胸・・・か。なんとなくの懐かしさを感じる。

「そう、ですね。じゃあ・・・。」

俺はせっかくの機会だから少し話を聞いてもらうことにした。

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