025

「うわぁぁああ!!!」

俺は驚くように起き上がり目を覚ました。全身は汗まみれで、鏡を見ると酷い顔をしている。時間は5時か・・・。なんだ!!なんだったんだ!?あの夢は!!妙にリアルで夢の中で感じた恐怖が実感としてまだ残っている。

「なんて・・・ものを・・・。」

俺はベットへと倒れこむ。とにかく嫌な夢だった。俗にいう怖い夢。おばけをみただとか理不尽な恐怖体験とか夢で見るような典型的な嫌な夢・・・。

「はぁ、疲れてんのかな?」

俺は早く起きすぎてはいるのだが、いつもの起床時間までまた寝る気にはなれなかった。はっきり言って怖かったのだ。目を覚ましたのが夜中じゃなくて本当に良かった。カーテンを開けると朝日が入ってくる。ふぅ・・・今日はこのまま起きていてそのまま学校に行こう。そう思い、できるだけ音を立てずに居間へ行き、トイレを済ませ、簡単に食べられるものを持って部屋へと戻ってきた。

「・・・あれ?なんの夢を見てたんだっけ??」

夢の内容なんて時間とともに忘れてしまうなんていうのはいつものことで、まあ、今回はむしろ嫌な夢だったんだから逆に助かるところだな。

軽食を食べながら部屋の窓から外を見る。こんな朝早くからランニングをしている年配者がいる。犬の散歩をしている人。朝刊を配っている人。俺は嫌な夢の内容を忘れたとはいえ再度寝ることはなく、ぼーっと朝の外の日常を眺めていた。

しばらくすると携帯のアラームが鳴る。俺は慌てて音を消しに携帯を手に取る。パッパッパッと慣れた手つきで操作をする。と、携帯にメールが着ているのに気が付いた。

「ああ、まさか・・・またこのパターンか?」

メールはひなたからだった。・・・タイトルは無題。中を見るのは止しておこう。どうしても今はそんな気分にはなれない。もしかしたらこの判断は俺にとって重大なターニングポイントとなってしまうかもしれない。だとしても・・・そうだとしても今は見ない。卑屈にも似たこの気持ちはきっと誰にも理解してもらえないだろう。だんだんと広がっていくモヤモヤとしたものを胸の奥に押し込めて、学校へといく支度を始めた。


「やっと帰れるな・・・。」

今日の授業は長くて長くて仕方なかった。ずっと、胸の中のモヤモヤが消えずに、夢のことばかり考えていたのだ。考えるといっても内容は思い出せないので、なにかとてつもなく嫌なこと、怖いことがあったという感覚だけが脳裏に焼き付いているようでイライラが止まらなかった。俺はひなたとも木下ともクラスは違っているのでこんな状態を見られることがなかったのが幸いなところだ。クラスメイトは明らかな俺の態度の違いに戸惑っているようで今の時間まで一切話掛けてはこなかった。俺は授業中もずーっと、空を見ていて、先生には何度も注意を受け、そのたびに謝ってはいるのだが、必要以上に咎める先生もいなかった。きっと気を使ってくれたのだろう。

「おい、相沢ー。お前、今日は随分と評判悪いぞーー。」

木下が俺のことを聞きつけたのか教室に入ってきていつもの調子で話しかけてくる。なんでだろう・・・。普段なら木下に何を言われたってなんとも思わないし、面白い奴だとか楽しい奴だとかっていう印象しかないのに今日に限ってはイライラが止まらない。・・・頼むから、俺に関わらないでくれ。心の中では言えるんだけど言葉にはできない。

「おいおい、シカトすんなよー。まあーいいか。部活行くだろ?ついでに、一之瀬の話もしてやるよ。昨日、あの後どうなったか知りたいだろ?」

木下は気をつかってか、後半は周りに聞こえないようにコソコソと小さい声でしゃぺる。

「・・・・・・。」

「どうした?相沢。お前なんかへんだ・・・」

「悪い。先生には今日、・・・休むって言っておいてくれ・・・。」

これが精いっぱいだった。こんな胸の中にドロドロと広がるイライラを木下にぶつけたくはないのだ。ぐっと唇を噛みしめて、爆発しそうな気持ちを抑える。

「・・・・・・そっか、わかった。言い訳は俺に任せておけ。」

木下はそう言ってそのまま教室から出て行ってしまった。察してくれたのか!?そう思うと、申し訳なさと安心感で少し涙がでそうだった。あいつは本当に良い奴・・・だよな。

俺はそそくさと教室を出て、早歩きで校舎から出る。ひなたに会わないように。あんなにも会いたくて会いたくて仕方なかったひなたにすら、今は会いたくなかった。メールを未読にしていることもそうだが、今会ってしまうとすべてをぶち壊してしまう。そんな気がしていたんだ。幸いにもひなたと会うことはなかった。そして俺は制服のまま街をふらふらと歩いていた。昨日とはまったく別の世界に思えるような感覚だ。どうしちまったんだ・・・俺は。幸せそうに歩いているカップル。家族・・・。その全てに憎しみにも似た感情を抱いている。

「だめだ、・・・俺はここにいちゃ・・・いけないのかもしれない・・・。」

ぼそっと独り言をもらす。自分でなにを言っているのか、なんでそんな言葉が漏れるのかがわからない、混乱する。感情が制御できない。俺は当てもなく走り出した。しばらくすると、ひなたと迎えを待っていた公園に辿りついた。俺は呼吸を整えながらベンチに座りうな垂れる。思うことはやはり夢のこと。内容が思い出せない。それでも、なんとか思い出そうと考える。そこにきっと原因があるんだろう。そんなことを永遠繰り返し思い続けていた。

「よぉ!こんなところにいやがったか・・・。」

聞き覚えのある声、ハッと顔を上げると木下が目の前に立っていた。服装は制服のままで、その手には竹刀を2本持っている。俺に竹刀を渡すように差し出す。

「何してんだよ。お前は!!おら!!思ってることがあるならこれで俺にぶつけてこいよ!!」

正直、急な話で訳が分からない。こいつは何を言い出しているんだろう。俺が竹刀を受け取らないのを見かねて木下は竹刀を投げつけてきた。俺は竹刀を受けてジッと見る。この手の感覚、覚えている。なんだ?俺は何を覚えているんだ?感覚だけがなにかに引っかかる。

「来ないなら俺の方からいくぞ!!しゃーー!!!」

木下が構えて上段のメンを打ってくる。俺は反射的にそれを竹刀で受けて、組み合う。お互いに防具は付けていないので、こんな竹刀で打ち合いをしたら怪我をしてしまうだろう。そんなことはわかりきっているのに木下は全力で打ち込んでくる。俺は必死で防御に徹してなんとか木下の攻撃を受け止める。防具を付けていればある程度の打ち込みは受けてもいいのだが、防具無しともなると完全に竹刀で受け止めないと危ないのだ。

「お前!言いたいことがあるんだろう??言えよ!!おらぁ、吐き出して来いよ!!」

木下の激しい攻撃に俺は逃げるように距離を取る。そして・・・、木下はそんな俺を見かねたのか得意のコテ打ちを狙うような構えをする。防具なしでまともに喰らってしまってはアザだけでは済まないだろう。こいつ・・・本気か!?

「もしかしたら、俺はお前の腕を折ってしまうかもしれない。だとしても、俺は全力でコテ打ちをする。覚悟しろ・・・。」

「・・・・・・木下・・・。」

ジリジリとすり足で距離を詰めてくる。背中を見せて逃げることはできない。かと言って真正面から受けるのは無謀すぎる。俺は木下のコテ打ちを防ぐことができないのだ。

「いくぞ・・・!!フゥッ!!!」

俺の構えている竹刀を弾き、ひと跳びで俺の右腕に向かって竹刀を放つ。目でしか追い切れない竹刀に俺は、恐怖からか反射的に体が動いていた。右手を竹刀から外して、コテ打ちを避けて片手で竹刀を振りかぶり、そのまま木下の頭に打ち込んだ。

「あああ、・・・いってーーー。」

木下は竹刀を落して、頭を抑える。俺はその様子を見てフラッシュバックのようにある戦場の風景が頭の中の映像として流れる。チカチカっと垣間見る風景はまるで地獄。人と魔物が殺しあっているものだった。

「うわぁ!?ああ、ああああ!!・・・ファム・・・ファム!!?」

「いて~なぁ、てか、相沢?・・・パムってなんだよ。」

俺はふと思い出して漏らした名前に疑問を感じる。何かを思い出せそうだ。誰だ?誰のことを言っているんだ、俺は!!右手で頭を抱え、目を瞑る。思い出せそうな気がする。名前!名前はなんて言ったんだっけ?ふと、目を開けて左手に持っている竹刀を見てみると一瞬だが血のついた剣に見えた。

「うわぁあぁあああ。」

俺は竹刀を落して逃げるように公園から立ち去ったのだった。


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