024
エリスは眠ってしまったようだな。時折、痛みで顔を歪めるがそれでもだんだんと状態はよくなっているのがよくわかる。傷口も完全ではないが塞がってきていて、出血は完全に止まっている。俺も、あの死にかけた時はこんな風に治療してもらったのだろうか。
「ファム・・・どこにいるんだろう。」
今回、この世界で気が付いてからというものファムを見ていない。いつもならおかえりなさいませって言いながら、愛らしい笑顔を見せてくれるのだが・・・。それがないなんて。・・・寂しいな。
この結界内は外からはあることすらわからないということらしいのだが、たぶん内からも外のことがわからないようになっているんだろう。その証拠に結界を張ってから外からの音が一切聞こえないのだ。
「これって、ある意味危なくないのかな?」
俺は小屋の扉に近づいてみて耳を当ててみる。やっぱり無音だ。外からは見えないというのはわかる。だけど、現実としてそこから消えたわけではないよな!?もし魔法でも飛んできて小屋があるところにぶつかったりしたらどうなるんだろう?やっぱりドッカーンと爆発して俺たちは吹っ飛んでしまうんだろうか!?そう考えるとだんだん、怖くなってきた。なにせ、外の音がまったく聞こえないんだからそれがより不安を掻き立てる。いっそのこと、そこの扉を開けて目視で外の様子を確認してみようかな?迷って迷って、開けるか開けないか・・・。うーん、開けよう。結界は小屋の周りに引いていると思うからこの扉を開けたところで結界にはなんら影響はないだろう。俺は勝手にそう思い込んで決意する。
「・・・よーし。」
俺は扉に手を掛けてバッと開く。外の景色は・・・。うん。見えないね。なんていうか水面の下にいるような感じというのかこう、水面が揺れる様に外がうまく見えない。でも、やっぱり、結界は小屋の外側に張ってあったようだな。
「・・・ちょっと、外に出てみようかな?」
ちょっと結界から顔を出すくらいならなんでもないだろう。俺は結界の範囲について自分の考えが当たっていたもんだからつい、強気になっていた。俺の予想としては顔を出すっていうことは外から見れば何もない所から顔が宙に浮いて出てくる感じになるんじゃないのかなぁ。それを見られてしまったらアウトなんだけど、ちょっと出してすぐ引っ込めれば・・・まあ、大丈夫だろ。俺は念のため扉の枠に手を掛けて上手に顔だけ出せるようにシュミレーションをする。
「よしよし、これなら間違いもないだろう。」
一瞬顔を出して、引っ込める!!この練習を数回部屋の中でやってみる。・・・自分でも言うのはあれなんだけど、完璧だ!よし、行こう。俺は扉の際に立って手を枠に掛ける。準備はできた。いざ!!!
「御霊様!!だめです!!!」
「!!!??おあっっと!!」
不意に掛けられたエリスの声に驚いた俺は、足を滑らせ、その上力加減を間違えたせいで勢いで小屋の外に出てしまった。
「びっくりしたーー!ちょっとエリス!?いきなり声をかけるんじゃねー・・・よ?」
そう言って振り返ると小屋は無くただの荒野が広がっているばかりだ。そして、周りから小さくだが聞こえる。戦場で繰り広げられている悲鳴と狂気の雄叫び。爆発音や剣と剣が交わるような恐怖の音。
「な、なんで!?」
よく考えてみればわかることだが、結界の中は外からは見えないのだ。だから当然にして外に出てしまった俺が見つけることはできない。そこにあるであろう場所を手さぐりで触ってみるが・・・なにもない。小屋自体がこの世界からないように感じる。戦場の方へ目をやると、俺に気づいている魔物や兵士はいないようだ。ここが戦場から少し離れていることが幸いしている。
「やばい、よな。どうする、どうする。」
とりあえずこの場を離れるべきだろうか・・・。ファムがいる街がどこにあるのかもわからないのにウロウロしても大丈夫なんだろうか。恐怖と不安で足が震える。
「・・・行くか・・・。」
俺は震える足を抑えながら戦場へと向かう。自分自身バカなことをしているっていうのはよくわかっている。わかっているんだけど・・・逃げられないんだ。少し先では命を懸けて戦っている人たちがいる。エリスみたいに怪我を負いながらなにかを守るために戦っているんだ。そんなことを考えると自分だけ逃げるなんて、できない・・・できないんだ。『そんな考え方は素敵です。』なんてファムは言ってくれるだろうか・・・。
「おれ、オカシイよな。っふぅ、オカシイよ。」
戦場に近づくにつれて恐怖で涙が込み上げてくる。ついさっきまでエリスと変なことをしていたのがウソのようだ。戦場で繰り広げられている轟音がだんだんと大きくなってくる。死体に遺体に他殺体。がその辺に転がっている。それは魔物だったり、人だったり・・・。魔物だから良いわけではない。だけど人の形をした死体を見た途端、俺は吐き気を感じてしゃがみこみ嗚咽をする。こんな状態で俺は戦場にいこうとしているのか!?自分自身が信じられなくなりそうだ。ふと、横に血が付いている剣を見つけた。俺は震えながらもそれを取り、その死体の着ている服で血をふき取り、持つ。死体に血を付けるなんて普通なら不謹慎かもしれないがここではそんな常識は関係ないんだ。剣に血がついていれば切れ味が鈍ってしまう。そうなれば持っていたって仕方ないのだ。
「おれ、戦う気なのか・・・。違う、違う違う。護身用・・・そう、護身用だ。」
さっき、エリスと離れたときに比べてかなりの距離を歩いているんだが、一向に戦場が見えてこない。場所がずれていっているのか?エリスが怪我をしたから逃げてきたという方向の逆へ進んでいる。そして、音の聞こえるようへ向かっているはずだ。このまま歩いていれば戦場へつくはずなんだが・・・。もしかして、エリス側の戦況が有利に進んでいるのか!?押し返しているのか、追い詰めているのか・・・。
「ふぅ、ふぅ、ふぅ。」
俺は息も荒く、進み続ける。やっと、戦場がはっきりと見えてきた。そこは人型の群衆が勝どきをあげるように雄叫びをしているようだ。戦いはすでに終わってしまったようだ。俺は膝から崩れる様に四つん這いになる。チラリと横に目をやると死体が目を見開いてこっちを見ているようだった。その姿に衝撃を受けて、俺は吐いてしまった。・・・情けない、情けない。俺はここで何をしているんだろう。自分の信念に従って戦場にいったくせに何もせずにただ、惨状に恐怖して吐いて。いったいなにがしたかったんだ。悔しいのか悲しいのか俺は、泣いていた。
「おい!!あそこに人間がいるぞ!!!撤退前に連れていけーー!」
魔物の残党が俺に気づいたようだ。撤退前に進路を変えてこっちに向かってきたようだ。だが、俺は動く気力が既になくなっていた。自分自身の無力感と絶望に飲み込まれ、四つん這いのまま目を瞑っていた。こんな弱い俺はもう・・・いいんだ。
「御霊様!!お願いします!!!」
どこかで聞いた声に俺は顔を上げる。誰だ!?ファム?ファムなのか!?
「はぁぁぁああああ!宝剣グラムよ!!敵を薙ぎ払え!!!!」
衝撃波が俺のすぐ上を通っていき、魔物たちを上下ざっくりと斬り分ける。俺の目の前まできていた獣人も崩れる様に倒れ、その返り血を俺は体中に浴びた。座り込んで衝撃波が飛んできた方向に目をやる。馬に乗った騎士がそこにいた。全身を強固な装備で身を包み、その手には大きな大剣。騎士の後ろには見たことのある女性が乗っていた。・・・フィリアさんだった。俺はその見知った人の姿を見て安心したのか限界だったのか、倒れ、気を失ってしまった。
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