004

俺が魔法を使える存在じゃなくってもわかる。こいつはやばい。今までに感じたことのない殺気、殺意。きっとその辺の山賊とか盗賊とかっていうレベルじゃない。そんな奴の鋭い視線に当てられて俺は体が震えてしまい動けなくなってしまった。このままじゃ、本当にやばい、ぞ。

「おにいちゃんはだれ?・・・ねぇ、たすけて。おねがい。」

獣人と対峙している少女は俺に気が付いて助けを求めている。・・・そうだ。固まってる場合じゃないんだ。俺はこの子を連れて逃げるんだ!!ブルブルと震える足を自ら叩く。

「お前は純粋な人間か?・・・クククッ、これは珍しいなあ。収穫は天使のガキだけでも良かったんだが、せっかくだ。お前も攫ってコレクターに売りさばいてやろう。純血の人間は価値があるから・・・なぁ。」

く・・・、なんて外道な奴なんだ。いわゆる奴隷商人みたいなものなのか?こんなところで捕まってたまるもんか。ちくしょう、体の震えよ、収まれよ!!俺は繰り替えし足を叩く。それでも足が痺れているのか震えているのかもわからないくらいに硬直している。すると、急に頭の中に声が聞こえる。

『御霊さま!目を瞑って下さい!!』

ファムの声が頭に響く。俺はハッとして目を瞑る。

「うおぁ、なんだこの光は!?」

獣人はなにか光に当てられているようだ。恐る恐る目を開けると奴は両目を手で抑えて唸っている。

『今のうちです!!逃げて下さい。』

俺は、同じく目を抑えている女の子の手を引き、走り出した。

「え!?なに??え?え!?」

「いいから、一緒にこっちへ逃げるんだ。」

俺は少女の手を引きながら小道を縦横無尽に走る。一人で逃げるよりも断然遅いが幸いにも小道が入り組んでいるから奴はまだ追いついてきてはいないようだ。次第に目が見えるようになった少女は辺りを見回して現在地を確認しているようだ。

「君、神殿・・・神殿に逃げるんだ。」

入り組んだ小道をめちゃくちゃに曲がったりして走ったせいで俺は完全に方向感覚がおかしくなっていて、神殿に逃げるにもどっちにいけばいいかがわからなくなっていた。こんなところで立ち止まっているわけにはいかない。奴も俺たちを探しているに違いないだろうから。

「おにいちゃん・・・あれ・・・。」

少女が指差す方向に神殿らしき形が建物の隙間から見える。

「ナイスだ。あそこまで一気に走ろう。いくよ!」

「うん。」

俺たちは神殿らしき方向へ向かって走った。少女は怪我をしている個所を庇うように手で抑え、必死で俺についてくる。・・・もう少し!もう少しで。

「残念だったなぁ、人間!!」

神殿が見えてきた少し先の所にあの獣人が現れた。ここは狭い一本道・・・引き返すか!?だけどこいつに背中を見せて走る勇気がない。俺たちよりも早く先回りをすることができるんだ。背中なんてみせたらそれこそ・・・。

「さぁ、大人しくしてもらおうか?まさかオレ様相手に背中を見せて逃げるなんて考えないことだな。元魔王軍の幹部だったオレに背中を見せたら、人間・・・死ぬぞ。」

獣人は右手にダガーのようなものを持って構えている。俺は少女を背中に隠し身構える。とはいっても、戦う武器もない。技術もない。構えたところでなにもできないんだが・・・。俺たちは後ずさりながら距離を取るが襲いかかってこられたらその時点で終わりだろう。たぶん、なすすべもなく拘束されてしまう。・・・しかし、俺の不安とは別で獣人は随分と慎重に構えたままジワリ、ジワリと距離を詰めてくる。なんでだろう?一気にくればすぐに終わると思うのだがなんで奴は一気に掛かってこないんだ。そこまで慎重になる必要はない、はずなんだが・・・。もしかして、さっきの光を警戒しているのか!?・・・いや、そういえば、さっき奴はこの子のことを『天使』って言ってたよな。天使・・・天使。普通に考えればこの少女のことだろうし、俺が思い描く天使っていうのは力が強いイメージがある。当然ここは異世界なんだから種族という観念で考えたら上位に君臨するものだろう。もしかしたら、奴はこの子に対して慎重になっているんじゃないのか!?

俺はチラリと少女を見てみる。恐怖に怯えていて、顔色も悪い。まったく強そうには見えない。どう見ても見比べれば明らかに俺よりも弱いだろう。となると、やっぱり不意打ちの光を警戒しているのだろう。

「・・・どう・・・する?」

俺はゴクリと生唾を呑みこみ。考える。

『真っ直ぐ後ろへ逃げて!!』

頭に声が響く。ファム・・・か!?緊張しているせいか誰の声なのかが判別できない。だけどこのまま黙って捕まるくらいならこの声の指示に掛けてみよう。頭に響いた声は少女にも聞こえていたようで俺と少女は顔を見合わせて頷く。そして、一斉に走り出した。今度は俺は少女の手を引きながら走る。

「ハッハー、じゃあ、人間。お前は死体で納品だ。」

後ろから段々と近づいてくるのがわかる。まるで地響きのように足音が近づいてくる。俺たちは振り返ることなく走り続ける。

『右です!!』

頭に響く声の通りに俺たちは走る。左、右と絶妙なタイミングで曲がる方向を教えてくれる。走りながらもその辺にあるタライや桶などを後ろへ投げたりなど若干の抵抗を試みる。そんなものはまったく意味がないような気がするが頭に響く指示のおかげでうまく逃げられそうな感じになってきたような気がする。だが、振り返って見てみると、奴はダガーになにかの力を込めて投げようとしていた。

「危ない!!」

俺は少女を庇うように繋いでいる手を引き寄せて抱きしめる。寸前の所でダガーは俺たちの横の壁に突き刺さっている。くそ!俺じゃなくてこの子を狙うなんて本当にゲスな奴だ。見えた奴の姿は狩りでも楽しんでいるかのように笑っている。

俺たちはまたすぐに声の指示通りに走りだす。そしてこの先を曲がると・・・。

「・・・うそ、だろ?」

そこは、袋小路・・・行き止まりになっていた。

「ハーハッハ。鬼ごっこは終わりだ。人間。お前は殺す。人間の肉は珍味で高く売れるからなぁ。ハハァ。」

俺たちは壁を背にもう逃げることができない。覚悟を決めて、できることをやるしかない。俺が戦うことを決めたと同時に獣人はものすごいスピードで突進してくる。右手にはダガー。これを喰らうわけにはいかない。振りかぶった奴に俺は飛び込み両手でダガーを持っている手を抑える。すごい力だ。相手は片手なのに今にも負けそうだ。

「ホーラホラ、刺さっちまうぞー。アーハッハァ。」

ダガーの切っ先が俺の肩に段々と当たり、血が出てきた。

「いっつ・・・、ぐぁ。」

肉が切れ、痛みが増して腕に力が入らなくなってきた。もうだめか。こんなわけのわからないところで俺は死ぬのか!?ちくしょう、死にたくねー。ちくしょう。

「御霊さま!!!離れて!!!!」

俺はその声に反応して反射的に奴に蹴りを入れてその反動で飛び離れる。勢いでダガーで肩をさらに切ってしまい、血が止まらない。奴はダガーについた俺の血を舐めて興奮している。俺は声の聞こえた方・・・上!?行き止まりの壁の上を見上げてみる。すると誰かが立っている。光の逆光で姿がよく見えないが、黄色くじゃないか?・・・いや、金色に光るその目はしっかりと見えていた。

次の瞬間!!!

獣人の体に一筋の光みたいなものが通った気がした。なんかやばそうだ!?俺は本能的に少女を庇うように抱きかかえて盾になる。そして奴を中心に大爆発が起きた。

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