大通駅の混乱
三毛が見たのは毛皮を着た大男だった。
南一条交差点の大通駅の入口は狭い。せいぜい二人が横になる程度の幅しかなく、時間帯によっては混むところだ。そこに毛むくじゃらの、顔から口が突き出した男が、人狼が仁王立ちしている。身体をそのまま変化したのか、首いっぱいにネクタイが広がっていて、窮屈そうに人狼は首を振るい、うめき声とともに爪で切り裂いた。下半身のスラックスらしい名残からも、スーツ姿だったことが伺えた。
「ヤーシャ、さがれ!」
白猫の発声と人狼の跳躍は同時だった。
人狼の両手を突き出した、今にも噛みつかんとする攻撃に、
「どぅおおら!」
気合い一声。白猫がその鼻面を拳で殴りつけて迎撃した。瞬間的に人外としての力を発揮した白猫の、虎混じりゆえの力技に、人狼は撃墜され顔をおさえてのたうち回った。
「噛まれたら“感染”しますから、気を付けて下さい!」
三毛は後退しながら忠告した。
「人狼は吸血鬼と一緒で感染して増えるんですから!」
「初耳なんだが!?」
職員詰め所の手前、ビルの方へと続く地下通路の角に身を潜めた三毛はふたたび声を張りあげる。
「詳しくは俺も知りませんよ、伝聞です!」
「また汀さん情報か!」
逃げる人々には脇目もふらず、白猫は前を見すえていた。気配がまだ止まないからだった。背後からも人の叫び声、大きな肉体が壁や床に叩きつけられる音がする。逃げられる状況ではない。
鋭い嘴を持った者が低い天井すれすれに滑空して突撃してくるのを引き倒し。凶悪な爪を備えたものが横合いから繰り出す一撃を受け止めて壁に投げ飛ばし。人の身体さえ保たないモノが足下に這い寄るのを力任せに払いのける。
続々と降りてくるものどもの目には、一様に理性の光がない。暗く淀んだ目をした、ただ凶暴性と力を発揮せんがために弱者に食いかかろうとしている。
「くそったれが……!」
身体の熱が否応なく高まる感覚に、白猫は悪態をもらした。アルコールと戦いから来る興奮が、人外の力を解き放とうとしていた。
階段を降りてくる異形の数々に圧倒されながらも、三毛は周りを見回した。このままでは埒があかない、白猫の踏ん張りにも限度がある。
通路の向かい側、職員詰め所の入口の横に火災報知器が見えた。
「あれだ……!」
行きつ戻りつする人々の間をぬって、火災報知器の前までたどり着き、そのボタンを押し割った。
地下通路にベルが鳴り響いた。ついで徐々にさがる防炎シャッターの音を聞いて、三毛は小さく喝采を上げた。
旭京は凶暴化した人外を鎮圧しながら不可解さを感じていた。妙な密度の高さだったからだ。
彼女が人外の力の表れを密度と喩えるのは、自分の力で壊れやすいかどうかという判断基準からだった。その点で言えば、三毛や白猫は種族における個体差はあれど、
「低い」と評するところにある。
動物から人に化けられるようになった、器物が精を得て生き物の姿を取った。この辺りは彼女にとって脆いもので、むしろ力加減に困るところがある。そしてこの力加減に困る存在が、世に出る人外には圧倒的に多い。
だが、今回の乱暴者はその弱い人外であるにもかかわらず、そうとは思えないほどの密度があった。
旭の振るった手刀は骨肉さえ断つ。しかし、アザ程度にしかならなかった。あまつさえそれだけの衝撃を受けながら立ち向かってくる。彼女は苛立ちを覚えた。弱いくせに、という驕った苛立ちを。
鳴り響いた火災報知器のベルの音が旭を冷静にした。襲い来るものの腕を取って足を払い、膝を踏みつける。逆方向に折れ曲がった足を眺めながら、簡単な事だったと思い直す。
「何度も来られないようにしてやればいい」
“職務”をこなすときの旭の思考にはいつものような余裕はなかったが、しかし感情由来の行動もなかった。つい先ほどまで三毛や白猫と話していたことで、感情に傾いていた彼女は、“大天狗”旭京に切り替わっていた。
既に彼女の周りには、再起不能にされた20の人外が呻き、倒れ伏していた。
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