D.ガイア12忠神
「もういい?アテーナー?」
「あら、ヘーラー。復活したの?」
白銀の少女の元に、金色の少女がやってきた。
「何よ、その言い方!あなたはいいよね、さっさと決まって。しかもあんな素直そうな青年だなんて!」
「ふーん、なに、このアテーナー様に嫉妬してるの?」
「別に!元女王のほうが後ってのが納得いかないだけ!」
「この新生の世界では、もしかして私の方が女王様なのかしら・・・?」
アテーナーは元女王のヘーラーに不敵な笑いを向ける。
「うるさい!」
子供っぽいやり取りを繰り広げる2人。でも、このやりとりがとても懐かしかった。
「どう?新しいカオスは安定しそう?」
「なんとかね。今都市を作っているわ。私には少し荷が重すぎるわ。」
「もともと都市守護が仕事だったんだから、仕方ないわよ。私も少し手伝うわ。」
そういってヘーラーは正面に手を掲げた。
「にしても、ゼウスは何をしているのかしら?」
「選んでもらえないんじゃない?嫉妬深いしすぐ浮つくし。ああいうキャラは人気ないのよ。」
「でも、あの人は私たちガイア12忠神のリーダーじゃない。」
「彼等はそんなこと知らないわよ。名前だって全然違うものになってるし。想像もしないんじゃない?」
「そりゃそうか。」
「私たちだってそうじゃない。多分、あの青年はあなたが女神さまだなんて思ってもいないんじゃない?」
「いつかは話そうとは思っているけどね。じゃないと、いろいろと説明つかないし。」
2人は空を見上げた。
「どうしてあんなことになっちゃったんだろう。いったい誰のせいで・・・」
「仕方ないよ。でも今はヘルメースが外界に行ってくれたおかげで、こうして世界を組み立て直しているんだから。私たちはこの世界でしか生きていけない。今は、自分たちの住処を作り直すことに専念しましょう。今、私には家すらないんだから。」
「うん。」
金色の少女―ヘーラーの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「アテーナーは強いね。見習わないと。」
「そんなことないわよ。私だって、正直きつい。だけど、1人じゃないから。白銀の書だっているし、何よりも邦夫くんがいる。」
と、その時だった。
「咲代さん、どういうことですか?」
驚いて振り向くと、邦夫がいた。
「邦夫くん・・・もしかして、聞いてたの?」
「忘れ物をしたんだ。それで戻ってきたら、女神がどうだとか女王がとか・・・一体どういうこと?」
「ごめんね、邦夫くん。別に隠すつもりはなかったの。ただ、知ってしまうと、ね、いろいろとまずいかなと思って・・・」
アテーナーこと咲代が邦夫に、これまで事の真相を話さなかった言い訳をしようとしていた。
「それはいいですけど、今、全てお話ししてくれるんですよね?」
邦夫がそういうと、咲代は邦夫と向き合い、真剣なまなざしでこう問うた。
「あらかじめ、聞いておきたいことがある。事の真相を聞いて、マスターとしての役割を放棄しないって、約束できる?それから、このことは決してほかの誰にも話さないってこと・・・正確に言うと、このゲームのユーザーとなる人間に。」
「わかりました。もちろん、約束は守りますよ。」
邦夫もまた、真剣なまなざしで咲代の問いかけに答えた。
「それじゃあ」
そういって、咲代は今回のこのゲームの真相を話し始めたのだった。
私たちは、魔女の末裔なの。そう、皆が世界史で習う、中世欧州で忌み嫌われた魔女。私たちのご先祖様はその魔女裁判で多くが殺されたわ。だけど、生き残ったのもいた。生き残った魔女はその時、今後魔女と人間は共存できないと考えて、魔女だけが暮らす異世界を自らの魔法を使って作り出したの。
そう、もともと魔女は人間と一緒に暮らしていたのよ。ほら、歴史上の人物でも奇跡的な偉業を成し遂げた人物がたくさんいるでしょ?例えば卑弥呼だとか、クレオパトラだとか、ジャンヌ・ダルクとか。彼女らは魔女だったのよ。
魔女だけが暮らす異世界が作られたのが今からだいたい600年くらい前かな。魔女が暮らす異世界を作ったのはガイアと呼ばれる魔女だった。私たちはそのガイアの下で魔女の異世界を管理していた12人の魔女なの。私はアテーナーとして、魔女の異世界の都市管理をしていたの。隣にいるこの子はヘーラー。魔女世界の女王。ガイアは象徴的存在になったから、この魔女の異世界を実際に管理する人間が必要だった。そこで、ヘーラーが女王となったってわけ。
ああ、象徴的存在って言葉は人間にはわかりにくいわね。魔女はね、魔力で不老不死の体を手に入れた。言い換えれば、魔力でこの体を維持しているのよ。つまり、この体そのものが魔力の塊なの。ガイアはね、自身の持っている魔力すべてを使ってこの異世界を作り出したってわけ。異世界そのものがガイア自身なのよ。だから、ガイアという形はなくなってしまう。人間でいえば、死に近い状態って言えるかしら。
そうやって生み出された異世界に、魔女は収容された。そして、その異世界の中で暮らしていくことになったのよ。
だけど、この異世界が何者かによって破壊された。それは、つい半年前のこと。私たちには、なぜ魔女の異世界が破壊されたのかわからない。何のために、誰が破壊したのかまったくわからなかった。
そこで、私たちは世界を再生することにした。魔女の魔力を集めて、その集めた魔力を使ってね。だけど、ガイアの魔力には到底かなわなかった。とりあえず世界の輪郭だけはできた。前の異世界は完全なバリアが張られていたから、外界から邪魔が入ることはなかった。だけど、今は違う。いろんな次元から、変なものが入ってくるのよ。
600年、私たちは閉ざされた世界で、魔力を使うことなく暮らしていた。だから、魔力の放出方法を忘れてしまったの。それが大問題となった。侵入してくるものと、戦うことができなくなってしまったの。そうなれば、異世界を守るどころか、自分たち自身を守ることすらできなくなる。
今回、私たちが人間の力を借りたのはその魔力の使い方を組み立ててもらうためなの。そのために、人間世界で流行っている娯楽物のルールに合わせる形で私たちの魔力を再合成してもらうことにしたのよ。デバイスというものも、そのために生み出された物よ。デバイスに私たちが持っている魔力を記憶させ、発動を手助けしてもらっている。
どうもこの世界では侵入してくるものを倒すと魔力が得られるということが分かった。容量というのは、要は追加された魔力のこと。そうやって、魔力を増やし、この世界の再合成を進めていくことにした。
今はその作業をしている。まだよくわかっていない部分も多いけど、じっくりと調査を行っている暇はない。いろいろなことを同時並行で進めながらやっていくしかないのね。
これが私たちの現状よ。
咲代は自分が話せる全てを話した。
邦夫はいろいろと衝撃を受けた。この世には、本当に魔女がいたのだという事実に。そして、自分はその本物の魔女に会っていたということに。
「全てをきちんと理解するのには・・・時間がかかるかな。」
邦夫は正直な感想を述べた。
「そうかもね。でも、邦夫くんは変に思わなかった?自分が家に戻った時、思った以上に時間が進んでいないなって」
確かに、それは思っていた。1時間くらいいたつもりなのに、実際には10分くらいしかたっていなかった。
「それはね、私があなたの時間をゆがめていたからなの。私たち魔女のために、あなたの貴重な時間を奪うわけにはいかない。白銀の書にきちんと書かれているのよ。その魔法、『Tempus torquere』がね。一番最初の魔法だから、ラテン語のままだけど。」
見てみると、確かに登録されていた。その魔法が。
「ちょっと、こっち来て。」
咲代が邦夫を手招きした。邦夫は咲代の近くに恐る恐る近づく。
「そんな怖がらないでよ。だから、あんまり魔女って明かしたくなかったんだから。」
そう言いながら、肩に手を置いた。そして、聞き取れない言葉で邦夫に魔法をかけた。
「はい、今あなたの世界の時間軸の移動を止めたわ。」
「本当に?」
「気になるなら、戻ってみたら?」
邦夫は移動魔法陣で邦夫の世界を確かめた。確かに、時計も止まっている。太陽も、家の前を通っている車も、人も、止まっている。ドアが動かない。全てが固まっていた。
驚いた。正直、理解ができなかった。
「な、なんでそんなことを?」
「私たちの世界を理解してほしいから。1週間くらい、滞在してみて。」
「いいの?」
「構わない。これから一緒に世界を組み立てていく仲間ですもの。私もあなたのことをよく理解したい。あなたにも、私のことを理解してほしい。まずは、相互理解することが大切でしょ?ついでに、魔女世界の再構成も手伝ってよ」
「ねえ、これから君のことは何て呼んだ方がいいの?」
魔女アテーナーという側面を知った邦夫にとって、目の前にいる魔法少女花村咲代は、仮の姿に見えた。
「うーん、難しいな・・・。確かにアテーナーは私の真の名前。だけど、花村咲代って名前も好きだしなぁ・・・。」
「ほかのユーザーに会話が聞かれちゃうか、それなら・・・」
「アテーナーって呼んで!」
「いいの?ほかの仲間に聞かれちゃうんじゃ・・・」
「あなたが私に着けたあだなってことにすればいい。アテーナーというあだ名をね。ほら、私って見た目は女神っぽいし、女神らしく見えたからアテーナーっていうあだ名をつけたってことにすれば!」
「自分で言っちゃうんだ・・・女神っぽいって。」
そんな彼女に少し呆れる。魔女ってこんなもんなのだろうかと。
「ヘーラー、君のことは魔女の名前で呼んでいいのかい?」
「別にいいよ。多分、ほかのユーザーはあまり気にしないよ。」
「ね、邦夫くんには妖精になってもらおうか?」
突然、アテーナーがヘーラーに提案した。
「いいんじゃない。身分は忠神と対等だからね。」
「ちょっと待って!僕が妖精になるの!?」
「大丈夫、ちゃんと人間だから。」
「どういうこと?よく理解できないんだけど・・・」
戸惑う邦夫。ヘーラーが邦夫に丁寧な説明を始める。
「妖精っていうのは、魔女を支える秘書みたいな存在なの。自由にこの世界を飛び回れる存在。いわば、魔法が使えない魔女みたいなもの。妖精のランクは就いている魔女のランクに対応する。アテーナーは魔女のランクではガイアの次に高いランクだから、ほぼトップクラス。そんなアテーナーの妖精だから、あなたはトップクラスの妖精になるわ。大丈夫、今まで通りきちんと人間世界では人間だから。」
「そんなのに、僕がなっていいの?」
「約束、守ってくれるならね。」
アテーナーはそういいながら、ステッキを掲げ“Become a sword!”と叫んだ。すると、中世騎士が持っているような、剣になった。
「邦夫くん、忠誠を誓う儀式をする騎士のポーズってわかる?片膝ついて、手を組んでするやつ。」
「こうかな?」
邦夫が世界史の資料集でみたような格好を想像してやる。
「そうそう、で、少し頭を下げて、目をつぶって。今から、魔女アテーナーがあなたを私付きの妖精にする儀式をするから。」
邦夫が言われた通りにする。
「じゃ、やるよ」
アテーナーは剣の先を邦夫の右肩にあて、詠唱を始めた。
「Gaia pythonissam serve pythonissam Minervae, ad Diuisas totus de me ex tua, et ostendit proprio gladio mediocris et ego in loco pignoris inferiorem et devote stipendiumque ad nomen Gaia intus alia densa subtenditur. Propositus est, in Pearl flumen quasi a me hoc mediocris persona cum vis Gaia.」
こういうと、邦夫の背中には虹色に輝く蝶の羽の様なものが伸びてきた。それは、見ていてとても神秘的なものだった。
「目をあけて。そして、私の隣に立って。」
アテーナーは邦夫の手を取り、その手をまっすぐ上げ、厳かな声色でこういった。
「Ego quasi mediocris, non sacculus est serve pythonissam Gaia.」
すると、邦夫へ金色の風が吹き付けた。邦夫は何か、心が清らかになるような、そんな気分になった。
「終わったわ。」
「君はなんて言っていたんだい?英語じゃないよね。」
「ラテン語よ。ガイアは古い魔女だから、ラテン語じゃないと通じないのよ。日本語に訳すと、そうね、“私のすべてをささげた魔女ガイアに仕える魔女アテーナーは、あなたの元において、この剣でさししめした人を自らの妖精とし、さらなる厚い忠誠をガイアにささげることを誓います。つきましては、この人をガイアの力でもって妖精としてくれたまえ。”といって、誓いの言葉は“私は妖精として、魔女ガイアに仕えることを誓います。”かな。」
「厳かな内容なんだね。」
「ガイアは魔女の中の魔女。ある意味、魔女を超越した存在。神に等しい存在よ。」
そういうアテーナーの目には、何か怒りがこもっているようにも見えた。
「じゃ、いきましょうか。」
そういって、羽をはやして飛び立とうとするアテーナーとヘーラー。
「待って!どうやったら羽が生えるの?」
きょとんとした顔をするアテーナーとヘーラー。
「生えてるじゃん。背中に。」
邦夫は背中に手を当てた。何か、板みたいなものがある感触。
「どうやったら飛べるの?」
「どうやってって、飛ぼうと思えばいいのよ。」
よくわからないが、歩き出すのと同じような感覚でやればいいのかなと、邦夫なりに解釈をし、やってみると、ふわっと足が地面を離れた。
「すごい!」
飛べるようになったことに喜びを感じた邦夫。
―――人間って、面白い。
そう思ったアテーナーだった。
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