解決編
「ノーマルな俺たちにもわかるように説明しろ」
姉妹で住んでいるマンションの一室で、妹の
めめこはそんな真楽からの要望を受けて説明を始めた。
「つまり、今のお姉さんの髪とこの落ちていた毛髪では、使われているシャンプーが違うのです」
シャンプーが違うだと?
「それがなんだと言うんだ」
「これはとても大きな意味を持つのです」
めめこは律子さんへ体を向けた。短いチェックスカートが翻る。
「浴室にあるシャンプーは2種類、そのうち片方は空っぽで、もう片方は半分以上残っていました。姉妹で使い分けていたのではないですか」
めめこの問いかけに、律子さんは慎重に言葉を選んでいるかのようにゆっくりと答えた。
「ええ、そうよ」
「そして落ちていた髪の毛と今日のお姉さんの髪ではシャンプーが違う。これはどういう意味合いを持つかと言いますと、2つの可能性があります。まず一つに、お姉さんは普段空っぽのシャンプーの方を使っていたが、今日は半分以上残っているシャンプーの方を使った。それと、もう一つは逆のパターンです。では、それぞれについて考えていきましょう。もしお姉さんが使っていたシャンプーを残りのある方だとすると、以前お姉さんは妹さんのシャンプーを使ったことになりますが、姉妹で使い分けていて、なおかつ抜けているところのある妹を心配するしっかり者に見えるお姉さんが、まだまだ自分のシャンプーが残っているのにも関わらず妹のシャンプーを使うとは想像しづらい。つまり逆の、空っぽの方こそお姉さんが使っているシャンプーであるとするならば説明はつくと思うのです。それに、空っぽのシャンプーはお値段のするものなので、長い髪をお持ちのお姉さんが使っていると考えるのが自然でしょう。いかがでしょう。お姉さんが普段使われているのは、すでに空っぽの方なのではないですか」
「その通りね、見事な推理力だわ。でも、それがどうかしたの?」
めめこは真楽に向き直った。振り向く度に自然な甘い香りが漂ってくる。
「ではマラ
「今お前が言ったように、普段律子さんが使っていたシャンプーがなくなっていたから、優奈さんのシャンプーを使ったんだろ」
「どうしてお姉さんのシャンプーが無くなっていたと思いますか」
「昨日使いきっていたのを忘れていたとか、そんなんじゃないのか」
「髪が長く、しかもそれを綺麗にケアしていたお姉さんが、替えのシャンプーを買い忘れていたなんてことはないと思います。きっとストックがしまってあるはずです。もし昨日無くなっていれば、その時点で詰め替えるのではないでしょうか」
「じゃあ優奈さんが使ったのか」
「おそらくそうでしょう。しかし、ここで矛盾が生じます。仕事から帰ってきたお姉さんに頼まれて、妹さんは掃除をしてお風呂に入っていました。だから、お姉さんより後に入った妹さんがシャンプーを使い切ることはありません。シャンプーが先になくなることはないのです」
真楽は、「だからそれがどうした」とめめこの言っていることが飲み込めていなかったが、「まだわかりませんか」と説明が続けられた。今度は律子さんの方を向いて。めめこの香りが鼻孔をくすぐり、身体を熱くさせる。
「妹さんがお姉さんよりも先にお風呂に入ったとしましょう。お姉さんはさきほど言いました。妹さんは、お姉さんが掃除を頼んだからお風呂に入ったのではなく、お風呂に入るところでお姉さんに掃除を頼まれたのです。これは似ているようで大きな違いです。つまり妹さんは今日、自発的にお風呂に2回も入っていたことになります。仮に、初めの1回が朝だとしても、妹さんの方が仕事の関係上、外出するのが早いですから、その時シャンプーの中身が無くなったとしたらお姉さんがその時点で気づきます。したがって妹さんは帰って来てから2回お風呂に入ろうとしていたと考えなければいけませんが、これも不自然です」
真楽はようやく、めめこが何を示そうとしているのかが飲み込めた。そして、すでに顔が青ざめている律子さんにめめこは最終確認をした。
「あなたの言葉に嘘、偽りはないですよね、お姉さん?」
そこでインターホンが鳴った。どうやら今度こそ救急隊員がやって来たようだ。
色んな理由や言い訳ができるのかもしれないが、真楽は三戸律子に対して疑念が生まれてしまった。つまり、この事故は仕組まれたものではないかと―。
そして、めめこの追及の結果、三戸律子はひどく狼狽した。落ちていた毛髪のシャンプーと現在使っているシャンプーがなぜ違うかに論理的な説明で言い訳できないことに加えて、食べただけでそれを見抜いてしまうめめこの変態性に恐怖を覚えたのかもしれない。
しかし、あまりにも態度が不自然になったので、任意同行をすることになった。
救急隊員には事情を説明し、のちに遺体を警察が引き取り検死を行った。体内から睡眠薬が検出され、毛髪に付いていたシャンプーの成分も違うことが科学的に証明された。その後は本腰を入れて捜査が行われ、彼氏である
めめこはあの髪の毛から、この事件のことを一発で見抜いた。それがなければ、この事件は事故で処理されていた可能性もあった。それが、刑事である自分が関わっていたものとなれば問題になっただろう。
真楽は危機一髪のところでめめこに救われ、事件を解決できた。
真楽の連絡で呼ばれた刑事が三戸律子を連行していく様子を、真楽とめめこはマンションのエントランスで並んで見ていた。
めめこが神妙な面持ちで聞いてくる。
「つかぬことをお聞きしますが、お風呂と言えばマラ刑事は、浴室でおしっこをしますか」
「しねえよ」
「
「……いい事言ってるつもり?」
真楽が横にいるめめこに聞くと、「いつでも大真面目です」と真楽の脇腹を殴った。
「さて、帰りましょう。送ってください」
「いや、これから署に行かないといけないだろ。それに俺、車がないどころか酒飲んでるから運転できないぞ」
「まったく、使えないのは下半身だけではないのですね。もういいです、一人で帰ります」
めめこは真楽の制止の声もなんのその、そのままどこかに消えてしまった。
めめこの変態性や探偵をしていることも、めめこにとって自分自身を認めるための行動なのだろうか―
考えてみるが、やはり真楽には、めめこのことはわからなかった。
真楽は誰もいなくなったエントランスでポツリとつぶやいた。
「……歩くか」
ヘンタイタンテイ 皆野友人 @white-owl
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