解決編

 車で街の中心にある駅まで戻ってきた。時刻はもうすぐ夕方になろうとしている。パーキングメーターの前に車を止めると、探偵で変態の好色よしき女女子めめこが「ここからはわたくしの芳香で犯人をおびき寄せるので、何の特徴もないマラ刑事デカは遠くから様子を窺っていてください」と多摩ヶ丘たまがおか署の真楽まら刑事に指令を下した。

「いや、いつ襲われるかもしれないんだぞ。そんな危険な真似はさせられない」

「多少スリリングな方が濡れます」

「それはまったくもって理由になってない」

「それに危なくなったら『マラデカ』と力の限り叫びますから」

 彼女はウインクする。

「助けに出ていっても、俺に対する周りの目が痛いだろうな」

 真楽はため息をついた。結局押し切られて遠くから様子を窺うことになったので、目を離さないようにしようと決めた。



 めめこは街をウインドウショッピングしながらフラフラしていたが、辺りがすっかり暗くなると、駅の近くのドラッグストアに入っていった。中に入ろうか迷ったが、外で待つことにして、しばらくするとめめこが紙袋を一つ持って出てきた。

 そして、めめこは駅を離れてどんどん人気のない道へと向かっていく。その後ろを、怪しげな男が一人ついて行っていることに真楽は気づいた。

 犯人かもしれない。だが、まだ待つんだ。

 そしてめめこが周りの目が届かない路地の角を曲がると、その男が後ろから彼女を羽交い絞めにして口を塞ぐ。手には刃物を持っている。

「動くな」

 男は美少女の短いスカートの中に手を入れた。すると、「あれ?こいつ、何も穿いて」と言いかけ、自分の腕に視線を向けると、美少女は恍惚の表情を浮かべている。口を塞いでいる手がなんだか湿ってきている。

「な、なんだ、お前」

 男は恐怖に染まったように目を見開いた。

 そこへ、

「オラアアア!」

 と真楽が男に突進した。男は刃物を落とし、転がって塀にぶつかり気を失った。

 男の手に手錠をかけていると、めめこが駆け寄ってきた。

「ちょっと、マラ刑事デカ!出てくるのが早すぎませんか?わたくし、まだ何もあんなことやこんなことをされていませんよ!?」

「これがグッドタイミングなんだよ!」

 なぜか文句を言ってくるめめこに真楽は叫んだ。

 突然、めめこがお腹のあたりを手で押さえて苦悶の表情を浮かべはじめた。

 真楽の顔がみるみる青ざめていく。

「もしかして、刺されたのか!」

「いえ、今日は重い日なので」

 めめこの落とした紙袋からは生理用品のパッケージが顔を出していた。




 これは後日、自白した彼ら、めめこを襲った野村秀樹のむらひできとドラッグストアの店員の杉本了すぎもとりょうが語ったことだ。そう、この通り魔事件は、ドラッグストアの店員二人による犯行だった。

 彼らは1人がレジに、1人が裏で待機し、女性が生理用品を買う際、恥ずかしがる態度を見て興奮していた。そういった態度を見せた女性の中で、好みの女性を見つけると、生理用品を買った女性の後を裏で待機していた一人がつけて、家を特定する。その後何週間も張り込み、生活を把握することで、時間をかけて生理周期を把握していた。そしてターゲットの女性が生理になるのを見計らい、帰り道で待ち伏せして下着を盗んでいた。

 彼らがなぜ下着を奪っていたかというと、彼女たちから奪った下着や生理用品を使って、彼女たちの股間に顔を埋める妄想をするためだったようだ。

 まったく吐き気がしてくる。このことはできることなら被害者たちには伝えたくない。

 彼らは数か月前から品定めをし、周到に計画を立てて実行していた。めめこがいなければ、警察の捜査はまだ続き、さらに被害者が増えていたはずだ。

 しかし彼らが本当に賢かったならば、めめこには決して近づかなかっただろう。

 そう、めめこは彼らを惑わす美少女であっても、それをはるかに凌駕する『変態』だからだ。




 めめこは、まだ気を失って丸くなっている通り魔の背中に座ると、推理を語り始めた。

「マラ刑事デカに被害者たちの写真を見せてもらい、彼女たちの共通点が『生理中である』ことだと気づきました」

「なぜそれがわかったのか聞いてもいいか?」

「見ればわかります」

 めめこは即答した。

 ……だよな。そう言うと思ったよ。

「納得できませんか?では、一応、裏スジが通りそうな説明をしましょうか。名探偵がいかに鋭い観察力を持っているか、とくとご覧あれ。一人目の被害者は普段門限を大幅に守らないのに、今日は守ろうとしていた。これは、今日はどこにも寄らなかった、つまり男の家に泊まらなかったということを意味しています。普段はお盛んだけれど、寄らないということを鑑みるに、肉壺を搔き乱されたくなかった、すなわち生理中だった、と考えることができます。そして二人目は、コップを両手で持ってブランケットもかけていた。ここ最近蒸し暑かったのにですよ?このことからわかること、それは彼女が冷え性だということです。そして冷え性の女性は生理がきつくなることがあります。加えてレジ袋には生理中に食べると痛みを和らげる食材が入っていました。三人目は、現場にはスクールバックに入っていた物が散乱していたということですが、ハンカチって入れますかね?普通身に付けるものだと思うのですよ。だから、このハンカチは学校の男子にポーチの中を見られたとしても、生理用品だと悟られないように包むためのハンカチだったのではないでしょうか。この時点で、この事件が『生理』を中心に回っていると考えられます」

「いや、悪い。わからない」

「あくまで可能性の話です。想像力を豊かにしてください」

「妄想力だろ」


 めめこは一度呼吸を整えると推理を続けた。

「話を元に戻します。共通点がわかり、次に考えたことは、彼女たちが生理中であることを犯人はどのようにして知ったのか、ということです。私は三つのケースを考えました。まず一つ目は、『犯人が私と同様に彼女たちを見ただけでわかった』場合。もしこの場合だったならば、犯人につながる証拠はまず出ず、捜査は難航したことでしょう。まあ、防犯カメラの映像の確認や地道な聞き込みを続ければ、いずれは逮捕に至ったと思います。はじめわたくしはこの可能性を保留にしておきましたが、他の可能性がとろーり濃厚汁になったので、最終的に却下しました。そして二つ目、それは『彼女たちが病院などの医療機関で生理について相談していた』場合。この場合、犯人は病院の関係者ということになります。しかしこれも、彼女たちから話を聞いて共通して掛かっている病院がないことがわかりましたので、却下です。最後に、残る三つ目が」

「『生理用品を共通の店で買っている』場合か。なるほどな。お前は彼女たちからその話を聞き出し、あの店を突き止めた。そして犯人である店員を釣ったというわけか」

 すると彼女は目を細め、蔑むように真楽を睨んだ。

「女性のバージンを奪ったこともないくせに、私のセリフを奪わないでください」

 ……ひどい。


 落ち込んだ真楽を見て満足しためめこは得意げな顔を浮かべていたが、また真面目な顔に戻り話を続けた。

「確かにわたくしは彼女たちに、『今、生理中で生理用品を買いたいのだけれど、あなたはどこで買っていますか?』と聞きました。けれども、わたくしが言おうとした三つ目の可能性は少し違います」

「少し違う?」

「はい。三つ目は、『犯人が事件よりもずっと前に、街中で見かけた彼女たちの後をつけてマークし、日々の生活を観察することで生理周期を特定させた』場合です。この場合、犯人は様々なことから複合的に照らし合わせて周期を知ろうとしたはずです。その方法の中の一つに『生理用品を買ったタイミング』があったまでです。もしかしたら犯人は、買い物中の彼女たちを店の中までつけていた人かもしれないし、店の人かもしれない。そういうことも可能性の内の一つに入れていたら、彼女たちから話を聞いた時に、タマタマ共通の店で生理用品を買っていたことがわかったので、店員が犯人だと見当がついたわけです。そして犯人は、買った後すぐに後をつけなければ見失うので、二人以上いると考えていました」


「ではわたくしが取った行動の真意についてお教えします」とめめこは今日の自分の行動について話し始めた。

「彼女たちから教えてもらったドラッグストアに行き、男性のいるレジに向かい、生理用品を買いました。超吸収のものを選び、店員を食いつかせるために、レジでは乙女の恥じらいを演出しました。顔を赤らめ股間に手を当て肩を震わせ吐息を漏らし」

「いいから、早く話を続けろ」

「……買った後は、わたくしが今現在生理進行中であると信じ込ませて、すぐに犯人に犯行をさせるためにトイレの場所を聞き、生理用品を装着するためと思わせられるようにトイレに駆け込みました。その男性店員が犯人なのかはわかりませんでしたので、もし失敗したら翌日また試せばいいと考えていましたが、店を出ると後をつけてくる男が一人現れました。そしてわざと人気のないところへ行き、襲わせた、ということになります」


「そして最後に」と、推理はクライマックスを迎える。

「通り魔が生理中の女性の下着にこだわっていたことは、二人目の彼女が襲われた話からも推測が可能です」

「そうなのか?」

「マラ刑事デカは確か『犯人は、一度抵抗しようとした被害者がまた抵抗することを恐れて、慌てておパンティだけ盗んだ』と言っていましたが」

「ん、ちょっと違うと思うぞ」

「ドスケベパンティでしたっけ?まあいいや。スラックス姿の女性からわざわざパンティを盗もうとするでしょうか。しかも焦っていたならなおさらです。犯行をすぐに終わらせようと考えるならば、シャツを脱がせてブラジャーを盗んだ方が早いではないですか。つまり犯人の目的はあくまでパンティを盗むことだったのです。どうしてパンティにこだわったかに思考を巡らせれば、そのあらゆる可能性の一つの『においのこびりついたほかほかおぱんちゅをぺろぺろしたい』という欲望に行き着きます」

「もしそれが本当なら、馬鹿で許しがたい欲望だな。あ、あとこの事件はきっと常識人には到底、到達できるとは思えないぞ」

 ありがとうございますと、お辞儀をする。いや、褒めたわけではないんだけど。



 真楽は推理を聞き終えると、めめこを見つめた。

 やはり、こいつは凄いやつなのかもしれない。

 もっと、こいつのことを知っていかなければならないと感じる。

「そうだ。これから調書を取ろうと思うんだが、署まで来てくれるか」

「折檻を受けられるなら大歓迎です。でも、いいんですか。警察から見れば一般人である名探偵のわたくしを被害者たちに会わせて、なおかつ警察から見れば一般人である名探偵のわたくしを囮にして犯人を捕まえたんですよ。どう言い訳するつもりですか?」

 確かに。どう言い訳しよう。

「おわかりいただけたのでしたら、わたくしはこれで帰ります。通り魔もいなくなって、安心して鉄棒に跨がれます。調書は適当にやってください。それでは、ご機嫌よう」

 そう言ってめめこは紙袋を抱えて公園のあった方角へ歩いていった。


 真楽は、「さて、どうごまかすものか」と一人夜空を見上げた。月が雲間から顔をのぞかせていた。

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