クン子危うきニ近寄らず
事件編
この数か月、女性を狙った通り魔事件が発生している。その通り魔は夜道を歩いている女性の背後から近づき、刃物を見せて脅し、女性の下着を奪って逃走するのだ。
真楽は周辺の聞き込みのあと、もしかしたら犯人と遭遇するかもしれないと思い歩き回っていると、公園の鉄棒で何やら怪しい動きをしている人影を見つけた。
こんな時間に何を……もしや犯人か?と、はやる気持ちを抑え、その人影に静かに近づいていく。
するとその人影から聞いたことのある女性の喘ぎ声が聞こえ、雲に隠れていた月がその人物を照らしだした。
「んっ、や、もう、あっ、イッ、イッちゃ」
「……ここで何してる?」
「ひゃあああ!」
驚いて声をあげたのは、鉄棒に跨がる黒髪ショートボブの美少女。薄いピンクのブレザーの上に鮮やかなピンクのケープを羽織り、綺麗なピンクの鹿追帽を被っている。首元の明るいピンクのネクタイは緩められ、濃いピンクのチェックスカートは今にも中が見えそうなくらい短い。そこから伸びる太ももの内側から、透明の液体が白く長い脚を通って足の指の先まで流れ、月の光を浴びて輝いていた。その雫が足下で小さな水溜まりを形成している。彼女は鉄棒から降りると、そばに置いてあったまぶしいピンクのローファーを裸足のまま履いた。ブレザーの下のほのかにピンクのシャツは、汗でぐっしょり濡れている。
「何か事件ですか?」
「いま目の前で起こっていることが事件だ!」
「ちなみに先ほどの質問の『ここで何してる』についてお答えしますと、『ナニ』していました」
「逮捕するぞ?」
この変態は探偵の
めめこは可愛い声で「んんっ」と咳ばらいをすると、「さて」と前置きして真楽に言った。
「お困りならば、
「頼むから捜査の邪魔はしないでくれ!」
「先に邪魔をしてきたのはそっちでしょう」
俺が悪い、のか?一瞬そのように考えたが、すぐに頭を横に振った。いや、違うな。
自分が真っ当な人間であることを再確認して安心した真楽は、「ほら、今日のことは誰にも言わないから大人しく帰れ」とめめこを促した。
めめこは「誰にも言ってくれないのですか!?」と心底がっかりしていた様子で、しぶしぶ公園を立ち去ろうとしていた。
その姿を見て真楽は思った。彼女は変態だが、まがりなりにも美少女だ。もしかしたら今、彼女が帰り道で通り魔に襲われてしまうかもしれない。そんな一抹の不安がよぎった。
そして……
「おい待て、変態」
「それは
めめこは振り向いてきょとんとした顔をしている。なぜそんな顔をするのか理解に苦しむ。
「お前以外に誰がいる。なんだ、事件の話、ちょっと聞いていかないか?」
公園のベンチで真楽とめめこが並んで座っている。
「この数か月、女性が下着を狙われる通り魔事件が発生している。今までに3人の女性が被害に遭っているが、彼女たちは襲われた場所も、見た目の特徴も仕事も、全員バラバラだ。犯人は慎重に犯行に及んでいるようで、被害者たちは声も聞いてないし、顔も見ていない。共通しているのは、みな若い女性ということだけだ」
「ははーん。だからマラ
「……いらんところで推理をするな」
「またまた照れちゃって。そういう素直じゃないところが女性にモテない理由ですよ」
「余計なことを。まあだから、家まで送ってやるからな」
「
「だから捜査の邪魔はしないでくれ」
すると、めめこは真剣な顔をして真楽に進言した。
「通り魔は今後も、見目麗しい女性を襲うことや
素直に首を縦に振りたくないが、彼女の言うことは、きっと正しい。
真楽は腹をくくった。
「わかった。だが、迷惑はかけるな」
「そんな迷惑ぐらい、
この判断は正しかったのか。さっそく気持ちが揺らいだ。
「これが被害者たちの写真だ。現場で襲われた後のものだ」
写真を差し出されると、めめこは食い入るように、時々ヨダレを垂らしそうになりながら真楽の話を聞く。
「一人目の被害者は、大学生で年齢18歳。2か月前のことだ。その日はサークル活動があったそうだ。そして夜7時頃、実家の近くの路地で背後から男性に刃物で脅された。彼女は恐怖で動けず、声を出すことすらできなかった。犯人は服を脱がして無理やり下着を盗み逃走した。その後、彼女はしばらくその場で放心していたが、なんとか家にたどり着き、家族が警察に通報したんだ」
写真には目を赤く腫らした女性の全身が写っている。明るく染められゆるく巻かれた茶髪とゆるふわなスカートは、今どきの大学生の雰囲気を醸し出しているが、顔にはまだあどけなさが残っている。
めめこは写真を見ながら「泣かしたい、泣かされたい、うへへ」と呟いていた。
話、聞いてる?
心の声が届いたのか、めめこは真楽に質問した。
「彼女はどんなサークルに入っているのですか?」
「テニスサークルだそうだ」
「ヤリサーですね」
「それは偏見だろ。俺も大学でテニサーだったけど、そんな乱れていたなんてことはなかったぞ」
「それはマラ
そんなことない!と言おうとしたが、えっ、そうなの?と心配になった。
「ヤリサーにしては、家に帰るのが早いと思いませんか」
「門限があったそうだ。前はもっと遅かったけど、彼女が何度も破るので段々と早くなったみたいだ」
「破れているのは門限だけなのですかね。まあでも、束縛された方が燃えますからね」
なに勝手に納得しているのか。
質問は終わったようなので、次の説明に移る。
「二人目の被害者は、会社員で年齢23歳。1か月前の夜9時頃、仕事が終わり買い物を終えると、スーパーから自宅へ帰る途中で犯人に襲われた。とっさに抵抗しようとしたが刃物を見せられ逆らえず、穿いていたスラックスを無理やり脱がされて下着を奪われた。犯人が逃げるとすぐに携帯電話で警察を呼んだとのことだ」
写真には少し暗めの髪を可愛らしいシュシュで後ろに束ねた、シルバーフレームの眼鏡の女性が写っていた。白のシャツに黒のストレッチパンツが映える。警察が来た後、家に移動して撮った写真のようだ。コップを両手で持ち、ブランケットが肩にかかっている。かたわらのレジ袋には豆腐や納豆、リンゴなどが入っている。
「いつも遅い時間までお仕事しているのですか?」
「いつも通りのようだ。まあ、どこの会社も似たようなものだろ」
「もしかしたら彼女、人がいなくなったオフィスで己のリビドーを解放しているのかもしれませんね」
めめこは何かを想像してイヤらしい目つきで宙を見つめている。
真楽は、夜の公園で開放的だったのはお前だけどなと心の中でツッコミを入れた。
トリップから戻っためめこは「ああ、そうだ。ついでに」と聞いてきた。
「『スラックス』と言いましたけれど、この被害者、下着は下だけ盗まれたのですか?」
「そうだ」
「一人目の被害者は『服を脱がして』とのことでしたが、それは上ですか?下ですか?」
こいつ、ちゃんと話聞いてたんだなと少し感心する。
「どちらもだ。おそらく犯人は、一度抵抗しようとした被害者がまた抵抗することを恐れて、慌てて下だけ盗んだんだろう」
真楽の推理に「本当にそうでしょうかね」とめめこは小さな声でひとり言を呟くと、「次の被害者について教えてください」と先を促した。
「三人目の被害者は、高校生で年齢は16歳。1週間前の夜11時頃、塾の帰りに背後から口を塞がれた。スクールバックを振り回したそうだが、犯人の力には敵わなかったみたいだ。この被害者は上下とも下着を盗まれている。塾が終わったことをメールで連絡を受けていた両親が、帰ってこない娘を心配して探しに行ったら、近くの道端で泣いている被害者を見つけたそうだ。カバンからは教科書やポーチやハンカチなど色々なものが散乱していたらしい。必死の抵抗をしたんだろうな」
真楽は説明している間にも胸糞悪くなっていた。それは、事件を起こした犯人に対してもだが、その犯人をすぐに捕まえることができずにこのような被害者を出してしまった警察である自分に対してでもあった。
めめこは、写真の高校生に熱くキスをしている。写っているのは、端麗な顔立ちで色白の放心状態な女の子。髪をカチューシャでまとめている。学校の制服のスカートからストッキングに包まれた脚が見える。
「彼女は学校ではどのような人なのでしょう」
「学校では生徒会で副生徒会長のようだ。いたって真面目な優等生だ」
「でも、その仮面を剥がすと、裏に隠れていたサディスティックな本性をむき出しにして襲い掛かりそうですね」
「それはお前の願望だろ。そんな印象は微塵も感じないぞ」
「おや、彼女はマゾだと言いたいのですね。オツですね」
「彼女がSでもMでも今はどうでもいい!」
夢のない人ですねと、つまらなさそうに艶のある唇を尖らせためめこは、もう飽きたというようにぶっきらぼうな口調で質問した。
「彼女の通っている高校、共学ですか?」
「そうみたいだな」
「はい、やっぱり!乱れていますね!」
「お前の思考がな!」
「どうだ、何か共通点はあったか?」
3人の被害者について話し終えると真楽は聞いた。
めめこは少し思案顔をして、
「彼女たちから直接話を伺いたいのですが、可能でしょうか」と提案した。
「今日はもう遅いな。明日の午前中なら大丈夫だ。話は通しておく」
「わかりました」と言って、めめこは帰っていった。
あれ?結局あいつ一人で帰ったぞ?
次の日、数か月続く蒸し暑さがまだ残る中、待ち合わせていた駅のロータリーに車を寄せると、めめこが近づいてきたので助手席のドアを開けてやった。
「朝勃ちの処理は済みました?」
まだ彼女は乗っていなかったが、開けたドアを閉めてやった。
乗せてほしいと懇願する彼女を助手席に座らせてから被害者宅を回った。
被害者やその家族には改めて確認したいことがあると言ってもう一度事情聴取をした。被害者に話を聞く際は、さすがにめめこも相手を気遣ってか、変な行動はしなかった。めめこはもう一度事件のことを直接彼女たちから聞き、昨日聞いたことと相違がないかを確認して、それに加えて『最近病院に掛かったことはありますか』と質問すると、無いと全員から答えが返ってきていた。また、決まって最後に彼女たちに耳打ちすると、耳打ちで返された答えを聞いてふむふむと頷いていた。
3人目の家で話を聞き終わり、止めていた車に戻った。
「お前、毎回最後に何を聞いていたんだ?」
「乙女の秘密です」
「そうかい」
「そして、そこから一つの真実が浮かび上がりました」
「え!?つまり」
真楽は唾を飲み込んだ。
「真相がわかりました」
「彼女たちの共通点は!?犯人は!?」
「そんなにせがむと、ヤれるものもヤれなくなりますよ。共通点はわかっていました。でも、犯人はまだ特定できていません」
わかっていただと?どうしてそれを早く言わなかったのかも気になるが、犯人をまだ特定できていないとはどういうことなのか。
「だからこれから、犯人を釣り上げます。さあ、吊って吊ってヒイヒイ言わせましょう!」
そして「それでは」と、めめこはチェックスカートが乱れているのを気にせず脚を組んで、親指を人差し指と中指の間に挟んで握ると、その手をフロントガラスへ向けた。
「事件解決までイッちゃいましょうか」
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