解決編

 好色よしき女女子めめここと女探偵めめこが立っていたのは203号室、『宮野みやの』と書かれた表札の部屋の前だった。真楽まら刑事はその後ろに立つ。インターホンを鳴らすと、「まだ何か」と心配そうに女性が出てきた。さっきと同じでまだ下着姿だ。

 めめこは「さっき聞き忘れたことがありまして」と言うと、笑顔で女性のショーツを指さした。

「その中、確認させてもらってもいいですか?」

「……えっ、何を言ってるの?」

 女性が困惑している。

「おいやめろバカ」と真楽はめめこの口を手で塞いだ。手にヨダレの生温かい感触を感じる。ふごふごと何か言おうとしているが、なぜか若干恍惚な顔になっている。口を塞がれて喜んでいるらしい。

 めめこは名残惜しそうに手をどかすと、女性を真っ直ぐ見つめた。

「あなたが『被害者の部屋から盗み出したもの』を所持しているかどうか、確認したいのです」

 女性の下着姿を見れば色々と隠されていないことはわかる。それよりも、だと?そんなものあったのか?女性も「み、見てわからない?何か隠しているように見えるの?」と焦ったように言い放った。

 しかし、めめこの次の言葉は予想の斜め上をいくものだった。

「いえ、わたくしが確認したいと言ったのはあなたの『下着のこと』ではなく、あなたの股の間の『女性にしかない穴のこと』です」



 真楽は女性に非礼を詫びようとしたが、めめこは「穴!穴!穴!」と歌い上げて人の話を聞こうとしない(人らしい言葉を話そうとしない)。それを聞きつけ外で待機していた婦人警官がやって来て、駄々をこね続けるめめこに見かねて仕方なく女性の身体検査を行った。すると驚いたことに、彼女の穴の中から10センチ程度のが発見されたのだ。しかもこけしには被害者のものと思われる血でできた手形が付着していた。女性はもう逃げられないと観念したのか「私がやりました」と罪を認め、病院から戻ってきたもう一人の刑事によってパトカーで警察署へと連行された。




 これは後日、自白した彼女、宮野美希みやのみきが語ったことだ。

 宮野は、以前から引きこもりがちで世に疎い黒岩に頼まれて、代わりに作品をインターネットで売っていた。出品者の名前は黒岩だったが、口座は宮野のものを使っていた。その関係が長く続き、そして宮野に魔が差した。本来、黒岩にすべて渡すべきお金の一部を黙って宮野が取っていたのだ。

 ある時、黒岩がいつものお礼に宮野をモデルにして作品を作りたいとお願いしてきた。宮野はしぶしぶ了承し、自らの裸の写真を撮らせた。しかし、黒岩は自分のお金が取られていたことに気づいていて、写真をネタに返金を要求してきた。宮野は謝罪し、すぐにすべて返したが、それは終わらず、立場が逆転した。今度は黒岩が宮野にお金を要求し続けたのである。

 そして今日、元々お金をそれほど持っていなかった宮野は、もう渡すことはできないことを話すために黒岩の部屋に行った。だが、黒岩がそれを拒否したために、ついカッとなり突き倒してしまったそうだ。

 撮られた写真はこけしと同様に黒岩の部屋から盗み、宮野の部屋の引き出しから見つかった。

 結局、彼女も被害者もお金に憑りつかれた同じ穴のむじなだったということだ。




 パトカーを見送り、アパートの前でめめこと真楽が並んで立っている。真楽はめめこに疑問をぶつけた。

「どうして彼女はこけしを盗んだんだ?それとお前は、なぜ部屋からこけしが無くなっていたことに気づいたんだ?」

「あの部屋にあったこけしと彼女が盗んだこけしで計6体。そのどれもが大きさも形も顔の表情までも全く違いました。可愛かったですよね。まるで、

「もしかして、こけしのモデルは彼女たちなのか!?」

「そうです。部屋でこけしを見た時点で、もしやと思いました。こけしは5体でしたけれど、どれもまるで特徴が違いますし、モデルがいるのではと考えるのは難しくありません。それで、あまり外出しない被害者が誰をモデルにするだろうかと考え、それはだと思い至りました。被害者と管理人の顔や体型は写真で確認しましたし、他の4人に話を聞きに行った時に、よく見ればどのこけしが誰をモデルにしたものかは推察することができました。そして4人目の彼女と会った段階で、こけしのモデルになっていないのが2番目に話を聞いた姿であると確信しました」

 真楽は驚愕した。被害者の部屋でこけしを見ていたのにはちゃんと理由があったのか。

 めめこは続ける。

「彼女がこけしを盗んだ理由を説明しましょう。それは被害者が死の間際、ダイイングメッセージとしてを握ったからです。並んだこけしを見て彼女はそれらがこのアパートの住人をモデルにしていること、また握ったこけしのモデルが自分自身だと悟りました。その後被害者の手からこけしを離すことには成功したけれど、血の手形が付いてしまっていた。ここですべてのこけしに血を付けてしまうと、になってしまいます。そうすれば被害者による何らかのメッセージだと警察が考え、事件の可能性が濃くなってしまい、最悪の場合こけしにモデルのいることがバレれば、このアパートの住人の中に犯人がいるかもしれないと疑われる。それで仕方なく血の付いたこけしを盗むことにしたのです。しかし殺害後、部屋に戻って次にどうするかを考えていた時に、管理人が死体を発見し、階段から落ちて救急車も来るという大変な事態になり、こけしを持ったままになってしまったのだと思います」

「な、なるほどな。あとわからないのが、その、盗んだこけしを隠し持っていた場所なんだが……。なぜわかった?」

「それは彼女がだからです」

「それはどういう……というか、?どうしてそんなこと知ってる?」

「その程度、匂いを嗅げば一発でわかります。わたくし、最初に言ったはずでしたけれど」

 こいつは現場に現れた時、確かに『生娘の匂いがする』と言っていたが、あれは冗談ではなかったのか。

「ちなみにマラ刑事デカからは童貞臭がプンプンします」

「どっどどどっ童貞ちゃうわっっ!」

「この反応間違いないですね」

 めめこはニヤニヤした顔を真楽に送っていたが、「少し長くなりますが、説明いたしますね」と真面目な顔をつくった。真楽も背中を正す。

「処女のセオリーそして世界の真理として、と相場が決まっています」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 真楽は早くも理解が追いつかなかった。しかし、めめこは「話の腰を折らないでください。早漏ですね」と言い捨てて説明を続けた。

「彼女が処女であるにも関わらず『下着のまま人前に出る』という、まるで羞恥心を持っていない姿だったことが気になりました。そしてわたくしはビクンときたのです。こけしが盗まれていることには誰も気づかないし、気づいたとしてもそれはもっと先のことですが、すぐに警察が駆け付けてきた状況で、盗んだこけしを処分できずにいて焦った彼女は、まずこけしを隠そうと考えたはずです。部屋を捜索される可能性はゼロではありません、また服に隠し持っていても、服を調べられる可能性もまた然りです。そこで彼女は妙案を思いつきました。一見すれば姿であれば、どうでしょう。捜査はまだ始まった段階、『たとえ部屋の中を調べられても服を着ていない下着姿の自分自身まで調べられることはないだろう』と彼女が踏み、自分の穴にこけしを挿入してやり過ごすことにしたのではないか。わたくしのピンク色の脳細胞がその考えに至りました。結果、隠し場所に目星をつけることができたのです。」

 一度疑いの目を切り抜ければ、あとで出掛けてこけしを遠くへ捨てに行くことも可能ですからねと言うと、さらに付け加えた。

「ちなみに部屋のこけしは体型までもが真似て作ってありました。彼女の体型と身長を見ても、隠し持っていたこけしは十分挿入可能な大きさだろうと推測できました。それでもこけしの頭は体部分よりも大きいため、お尻の穴ではなく、蜜壺に隠すことに決めたのでしょう」


 事件の真相はざっとこうでしょう、とめめこは説明を終了した。うやうやしくお辞儀までしている。

 とんだ『想像力』もとい『妄想力』につくづく呆れる。余計な情報もあった気がするが、しかしそれにしては筋が通っているようにも思える。それでも、この推理に至るまでに経た無茶苦茶な過程を刑事として認めるわけにはいかないという気持ちが働き、めめこに反論を試みる。

「仮に彼女が処女だとして、セオリーや真理があったとしても、処女の中には下着で人前に出るのが平気なやつもいるんじゃないのか?」

「いないです、断じて」

 鼻からフンスと息を出し、自信満々に言い切りやがった。どうやらその主張は譲る気がないらしい。

「じゃあ、膜はどうなんだ?処女だと挿入しづらいんじゃないのか?」

 めめこは、やれやれというように首を振って大きくため息をついた。

「これだから童貞はデリカシーがないのです。あの大きさのものを挿入すれば処女膜は傷ついたでしょう。彼女は罪を犯したとはいえ、それが彼女の覚悟だったのだと思います。ですが、膜の有無で処女だと決めつけることもまた早計です。性交の経験がなくても、普段の生活の中で傷つく可能性はありますし、そもそもオモチャで一人遊びをしていたなら挿入への抵抗もなく、むしろ楽だったのではないでしょうか。なんなら確認してみますか?」

 平然とスカートをたくし上げようとするのを真楽は慌てて止めた。完全に遊ばれている。というか、デリカシーが無いのはお前もだよな?

「でもまあ、すぐに気づけた一番の理由はわたくし使で……」


 すると、

 ヴヴヴヴヴ……


 どこからともなく振動音が聞こえたかと思うと、めめこがスカートの中に手を入れる。ヌチャッという音とともに「んあっ」と甘い吐息を漏らした。スカートの中から出した手に握られていたのはスマホだった。何かの粘液をまとい、テカテカと光っている。

「……スマホ、濡れてるぞ」

「大丈夫です。防水なので」

 めめこは心配ご無用ですと親指をぐっと立てた。そして「もしもし、名探偵です」と胡散臭い自己紹介で電話に出ると、何回か頷き、はいはいと返事をし電話を切った。

「マラ刑事デカ、次の事件がわたくしを呼んでいます。残念ですが行かないといけません」

 申し訳なさそうな顔をするのを、シッシッと手を払った。

「全く残念じゃない。むしろせいせいするわ」

「セックスするわ?そうですか、やっと童貞卒業するのですね!」

「ちょっと黙ろうか?」

「なんだ、つまらないの」と言って、スマホを持った手をまたスカートの中に入れた。ヌプリという音がすると、スカートから出した手にはすでにスマホはなかった。

 不思議!女の子のスカートの中は4次元ポケットなんだね!

「それでは、ごきげんよう。また助けが必要になったら呼んでくださいね」

 そう言うと、めめこは夜道を帰っていった。


 アパートの前に残された真楽は、遠くで月明りに照らされている後ろ姿に向かって叫んだ。

「いや、初めから呼んでないし!」

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