ヘンタイタンテイ

皆野友人

同じアナの狢

事件編

 外は日が暮れて、朝から働いていた人たちが帰路につく時刻となっていた。

 アパートの一室で人型に形どられたテープが床に貼られている。その頭の部分には血が黒くなって固まっていた。


 多摩ヶ丘たまがおか署の刑事である真楽まらは、すでに死体が運ばれて何もない現場で、先ほど鑑識によって撮られた死体の写真を眺めていた。女性が長い黒髪を床に広げている。亡くなったのはこの部屋の住人、黒岩美知留くろいわみちる、21歳。自分とそれほど年が離れていない人が死んでいる現実にやるせなさを感じる。

 このアパートは管理人の計らいで一人暮らしの女性専用となっている。家賃も安いので以前からお金で困っている女性に重宝されているようだ。その分、防犯面に疑問が残るが、背に腹は代えられないのだろう。2階建てで3室ずつ、計6部屋ある。東側が道路に面しており、玄関はすべて北側を向いた外廊下型となっている。雨除けの屋根がある外階段が東から西、つまり道路からアパートの奥へと向かうように設置してある。死体が発見されたのは、階段を上って手前から2番目にある202号室だった。

 管理人が、知り合いからもらったリンゴをお裾分けしようと部屋を回っていた時、階段を上ると玄関のドアが少し開いている部屋を見つけた。声をかけたが返事はなく、心配になって中に入ると、頭から血を流して倒れている黒岩さんを発見した。気が動転し、「死んでる!死んでる!」と叫びながら部屋から飛び出た管理人は、その勢いのまま階段で足を滑らせて下まで落ちた。アパートの住人がその大きな音に気づき、救急車を呼び、また黒岩さんの部屋の中を確認したところ、死体があったので警察にも連絡した。


 そうして真楽はこの現場にいる。まだ事件か事故かは判断できていないが、これから捜査すればわかることだ。

 さて、捜査開始だ―

 気合を入れ集中する。


 すると、カンカンカンと鉄製の階段を駆け上がってくる音が聞こえてくる。

 部屋に警官が入ってきて「アパートの前で怪しい女を見つけました」と報告した。

「え、もう!?」

 早速出鼻を挫かれた。たった今外で話を聞いているとのことなので、「すぐ行く」と言って部屋を出た。

 早くも事件解決かと階段を降りた。

 そして、待っていた人物を見つけると深くため息を吐いた。その人物のことを真楽はよく知っていた。



 警官に囲まれて立っていたのは、黒髪ショートボブの美少女。薄いピンクのブレザーの上に鮮やかなピンクのケープを羽織り、綺麗なピンクの鹿追帽を被っている。首元の明るいピンクのネクタイは緩められ、濃いピンクのチェックスカートは今にも中が見えそうなくらい短い。

 その美少女は真楽に気づくと笑顔で大きく手を振った。

 やめて!知り合いだと思われちゃう!

 彼女の前まで歩くと、しぶしぶ話しかけた。

「なんでお前がここにいる?」

生娘きむすめの匂いがしたもので」

「事件の匂いじゃなくて!?」

 グヘヘと口元をいやらしく歪ませながら、好色よしき女女子めめこはそう言った。




 警官の一人が「お知り合いでしたか」と意外そうな顔で言うと、めめこは「お尻はまだ見せ合っていません」と顔をポッと赤らめて全身をくねくねさせながら答えている。

 もうやだこの子……

 そんな真楽をよそに、めめこは両手を腰において自信あり気に言う。

「捜査の進展はいかがですか?もしよろしければ、名探偵めめこが一肌も二肌も脱いで全裸になります!」

「変態は捜査の邪魔をするな、帰れ」

「そんな冷たいこと言わないで、マラ刑事デカ

「おい、そのマラ刑事デカはやめろといつも言ってるだろ」

「だってマラ刑事デカはマラデカだし」

「変な誤解を生むからやめてくれ!」

 このままだと、周りの警官に白い眼で見られてしまう。「ほら、帰れ」と手でシッシッと払い、部屋に戻ろうと階段を上ろうとすると、めめこは「マラデカ~マラデカ~」と大声で歌い始めた。周りの警官が困惑顔でこちらを見ている。困っているのは俺の方だと言いたい。こいつと関わるといつもこうなる。仕方ないと覚悟して真楽は叫んだ。

「わかったから静かにしてくれ!」




 めめこを捜査に参加させることにした。めめこのことを現場の警官には「参考人の一人で俺が責任を持って監視する」と半ば強引に言って通した。こっちの身にもなってほしい。

 真楽とめめこは今、被害者の部屋にいる。部屋には木でできた人形や置物が大量に飾ってあった。

「被害者の黒岩美知留は、木材を用いて作品を作るアーティストだったらしい。インターネットのフリーマーケットサイトに作品が出品されているのを確認している。あまり外には出ずに部屋に籠って活動していたそうだ」

 めめこは差し出された被害者の写真を見ると、「綺麗な方なのに、ご愁傷様です」とつぶやいた。

 そして真楽は、管理人が死体を発見してから警察が来るまでのことを説明した。

「つまり、被害者がこの床に置いてあった木彫りの熊に頭をぶつけたことはわかっているが、それが偶然足を滑らせたのか、あるいは誰かに突き飛ばされたのかはまだわからない。窓には内側から鍵が掛かっていて、玄関のドアは開いていたから、外部と内部、どちらの犯行もありえるな」

 真楽の説明を聞いているのかいないのか、めめこは被害者が倒れていた近くにある低い棚の上のこけしに興味を示している。こけしは5体並んでおり、それぞれが違う大きさで、ずんぐりしたものもあれば、30センチ以上ある大きいものもあり、よく見ると表情も一つずつ違うようで、キリッとした表情のものやくっきりとした顔のものもある。これらも被害者の作品なのだろうか。

 真楽はめめこの様子をじっと見つめている。


 なんだかんだで、めめこは色々な事件を解決している。その慧眼は舌を巻くほどだ。ただ惜しいのは、その才能をすべてプラマイゼロにするどころかマイナスにするほどの変態だということである。その変態性は事件現場でよく不審者と間違われるほどで、捜査中もロクなことをしない。美少女の見た目とのギャップが甚だしく、なぜ神は正反対の容姿と性格を彼女に与えてしまったのだろうかと恨めしく思う。


 だが、そんな彼女が真剣にこけしを見つめて手に取っている。これはもしや、こけしが事件に関わる重要なものなのではと考えていると、めめこのひとり言が聞こえてきた。

「スイッチはどこかな~。……なんだ、ただのこけしか」

 チッと舌打ちをして棚に戻している。彼女が何を期待していたのかについては聞きたくないし、聞く必要もないだろう。少しでも彼女を認めようとした自分がバカだったと思う。


 飽きたのだろうか、「管理人さんってどうなったのですかね」と話を振ってきた。

「幸い、擦り傷だけで済んだようだ」

「丈夫なことは良いことですね。わたくしも鞭打ちされてもあまり跡が残らないことが自慢なのですよ」

「じゃあ普段お前のせいで溜まってるストレスを発散するために、鞭で叩いてやろうか!」

「ぜひ!」

 目をキラキラ輝かせている。

 こいつは手遅れだ……

 めめこは「緊縛鞭打ちは今度やるとして、管理人さんの写真はないのですか?」と尋ねる。なので、めめこの言葉にある程度スルーを決めつつ、「これが管理人の米沢留子よねざわとめこだ」と病院に話を聞きに行った刑事から送られてきた写真を見せた。背が低く小太りな中年女性が元気そうにポーズをとっている。

「いいですね。わたくしのことも縛った後は、こうして写真を撮って拡散してくださいね」

 その言葉に今度は華麗なスルーを決めた。



 特に変わったものも見つからないので、部屋の捜索は一度切り上げ、次はアパートの住人に話を聞きに行くことに決める。最初に現場に着いた警官によると、今はそれぞれの部屋にいるそうだ。

「楽しみですね、どんな女性たちと会えるのでしょうか」と、じゅるると溢れるヨダレを拭きつつ、めめこが真楽の後ろから付いて来る。


 まずは1人目。被害者の部屋の隣、2階の道路に面した側で階段から一番奥の部屋。表札には201の部屋番号の下に『松下まつした』と印字された型紙が張り付けてある。インターホンを鳴らす。

「失礼します、多摩ヶ丘署の真楽です。今お時間よろしいですか?」

 平凡な顔を笑顔でいっぱいにする。出てきたのは30代前半くらいのスレンダーな女性で、背は中肉中背の真楽より少し高いくらい。仕事から帰ってそのままだったのか、まだスーツを着ていて黒い髪を後ろで束ねていた。ピタッとしたパンツスタイルで真面目で仕事のできる女性という印象を受ける。

「松下さんですね?お話を伺いたいのですが」

「はい。わかる範囲であれば」

「黒岩さんとはどのような関係で?」

「廊下でたまに挨拶するくらいです」

「では次に、警察が来るまでのあなたの行動をお聞かせ願いますか?」

「私は数年前からここに住んでいます。一度仕事を辞めて、次の仕事を探していたんですが、この間見つかりました。でも、ここ割と居心地がよくって、管理人の米沢さんも優しいし。だから今でもここに住んでるんです。救急車を呼んだのは私です。仕事から帰ってきてしばらく資料をまとめてたんですけど、外から音がして様子を見に行きました。駆け寄ってきた他の子はかなり慌ててたから、私がね」

「不審な物音などを聞いたりしませんでしたか?」

「黒岩さんの部屋から誰かと喋っているような声が聞こえましたけど、彼女って廊下で会ってもいつもひとり言を呟いてたから、隣から声が聞こえてきたらヘッドホンするようにしてるんです。だからよくわからないです。でもさすがに米沢さんが階段から落ちた音はヘッドホン越しに聞こえました」

「そうですか」

 真楽の質問は終わったが、めめこはじっくりねっとりとその女性の隅から隅まで見つめていた。

「あの、何か?」

「その胸ですが」

「はい?」

「吸わせてもらうことはできますか?」

 真楽はめめこの襟を掴んで引っ張るが「片方!片方でいいですから!」と懇願している。

 さらに思いっきり引っ張り、「ご協力ありがとうございました~」と言ってその場を去った。めめこは「グヘッ、苦しい……。でも、気持ちイイ」と白目を剝いていた。


 2人目。2階の階段から一番近い部屋の203号室のインターホンを鳴らす。表札には『宮野みやの』と丁寧な文字で書かれていた。「はい」と声が聞こえると、中から出てきたのはブラジャーにローライズのショーツだけという下着姿の20代前半くらいの若い女性だった。肩まである黒髪の合間からは少しだけ上気した顔が伺える。背は真楽よりも少しだけ低く、めめこと同じくらいだった。体も出るところは出ているが、めめこの方が一枚上手だ。

 真楽は身分を名乗るが、視線が女性の顔から下に向かないよう集中していた。めめこはすでに視線を上から下まで何度も往復させてヨダレが口から決壊している。

 女性は、真楽が少し話を聞きたいと言うと少し緊張した顔つきになり、次に隣のめめこを見てさらに引きつったような顔になったが「ええ、大丈夫ですよ」と答えてくれた。

 真楽は先ほどと同じように質問をした。おどおどしながらも彼女が答える。

「黒岩さんには作品を見せてもらったりしてました。可愛い小物がいっぱいあって」

「なるほど。では、あなたの今日の行動を教えていただけますか?」

「今日は少し風邪気味で、ずっと家にいました。そしたら、その、管理人さんの『死んでる』っていう声が聞こえてきて、何かなって思ってたら階段から大きな音が聞こえて。すぐに玄関から出たら、管理人さんが下で倒れてたんです」

「何か不審な物音を聞きませんでしたか?」

「そういえば、管理人さんが来る少し前に階段から音が聞こえた気が」

「本当ですか!?それはいつ頃?」

「あ、いや、よく覚えてないです。すいません……」

「そうですか。ありがとうございました」

 真楽は次の部屋に行こうとするが、めめこが真剣な面持ちで女性を見つめている。そして口を開いた。

「ナプキン派ですか?タンポン派ですか?」

 真楽はめめこの頭に思いっきり拳骨をして「すいませんでした~」と言いドアを閉めた。

「お前、なんのつもりだ」

「どっちでもいいので使用済みをもらおうと。わたくしの見立てでは、おそらくタンポン……」

 もう一発拳骨が頭に落ちた。


 3人目。道路が目の前にある1階の101号室。『本田ほんだ』と太い字で書かれた部屋のインターホンを鳴らすと出てきたのは、黒い髪を短く切り揃えた20代後半くらいで背がでかい女性。真楽の身長を余裕で越えている。かなり筋肉質だ。めめこも見上げるかたちとなっている。

「お話を伺ってもよろしいですか?」と言うと、女性は質問に答えていった。

「私さ、大勢で食べる飯が好きで、よくこのアパートの奴らを部屋に呼んで鍋やってたんだよ。みんなで色んなもの持ち寄ってさ。黒岩は他の奴らより来る頻度は少なかったけど、ちゃんと楽しんでたと思うな」

「交流は結構あったんですね。それではあなたのことをお聞きしてもよろしいですか?」

 彼女は腹から出した大きな声で次の質問に答える。

「ジムでインストラクターをやってるんだ。今日は仕事が終わって帰ってきて、日課の筋トレを部屋でずっとしてた」

「その間、不審な物音や何か変わったことはありませんでしたか?」

「何もなかったと思うよ。でも私ってかなり集中してやる方だからさ。気づかなかっただけかも。でも、あの時はさすがに気づいたよ。すごい音がしたから慌てて外に出たら、階段の下でトメさんがうずくまってたんだ。その後すぐに松下と宮野がきて、一緒に救急車を外で待ったんだよ」

『トメさん』とはどうやら管理人のことらしい。

「お話ありがとうございました」

 真楽は横目でめめこを見た。また何か言い出すのではないか。

「筋トレグッズは何を使っているのですか?」

「パワーラックって知ってる?ベンチプレスとかできるんだけど」

「へー、見せてもらうことはできますか?」

「いいけど、何か関係あるの?」

「ちょっと器具に付いた汗をテイスティングしたくて」

「はい?」

 真楽は大きな声で「ご協力感謝であります」というとドアを無理やり閉めた。

 隣にいためめこは真楽に対して目を見開いている。

「なんで邪魔するんですか!?」

「邪魔なのはお前だ!」


 最後の4人目。102号室、被害者の部屋の真下の部屋だ。表札に名前がない。インターホンを鳴らした後、しばらくして出てきたのは、30代後半くらいの女性。ぼさぼさの黒い髪で化粧が濃い。背は真楽と同じくらいだ。

「名前を伺ってもよろしいですか?」

「佐藤」

「えと、黒岩さんとの関係は?」

「さあ?」

「さあって、たまに会ったりしないんですか?」

「そんなこともあったかも」

「……それではあなたの今日の行動についてお聞かせください」

「アタシ、夜働きに行くからそれまで寝てんのよ。だから何も聞いてないわよ。救急車のサイレンが聞こえてようやく起きたんだから」

「そうですか……」

「ていうか、ホントはこれから仕事だったのに、こんなことになって、仕事遅れますって連絡したんだけど。ねえ、いつ終わるの?」

「すいません。もう少し待ってくれますか?」

「早くしてよ!」

 真楽はペコペコと頭を下げる。そして彼女は真楽の後ろでじっと視線を向けてくるピンク色のめめこに気づくと、冷たく睨みつけてドアを閉めた。

 めめこはハアハアと肩を上下させていた。興奮しているようだ。よかったね。


 一応確認すると、その隣、道路から一番遠いところに管理人のトメさんこと米沢留子の住んでいる103号室がある。部屋番号の下には『米沢(管理人)』と右上がりの字で書かれている。




 全員から話を聞き終わり、真楽とめめこは道路に出た。

「話を聞いた限りだと、被害者は誰かと会っていたみたいだな。そしてみな部屋にいた。階段から誰かが上り下りした音が聞こえたそうだから、外部犯の可能性が高いかもな。玄関は中から開けられていたから、もしかしたら犯人は被害者と顔見知りなんだろう。よし、被害者が外で交流のあった人物を探すか」

 真楽は指示を出そうと近くの警官を呼ぼうとした。

 するとめめこはチッチッチッと指を振り、「甘い、甘いわ、マラ刑事デカ。夏に海に行くのに忙しくてアンダーヘアを処理するのを忘れるくらい甘すぎる」と、したり顔をする。

 そして「犯人がわかりました」と宣言した。

「犯人がわかっただと!?つまり、このアパートの住人の中に犯人がいるってことか!?」

「はい、その通りです。気づかなかったのですか?膨らませるべきなのは、その股間にぶら下げているものではなく、想像力ですよ」

「それで、それは一体誰なんだ!?」


「それでは」と、めめこは親指を人差し指と中指の間に挟んで握ると、その手を真楽の顔の前に突き出した。

「事件解決までイッちゃいましょうか」

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