第5話

「ジュンヤ。もしかしたら、怪物の正体が…やっぱり何でもない。」

翌日。ショウゴが僕に何か言いかけた。

「?」

「気にしなくていい。今のは忘れろ。」

何を伝えたかったんだろう。怪物について、みたいだったけれど。

「この世界には知らない方がいいこともある。」

耳元で声がした。モスキートだ。

 知らない方がいいこと?クラリネットガールとして、少しでも情報が欲しいんだけど。

「ずいぶんヒロインらしくなったね。そんな君に朗報。手、出して。」

 言われるがままに、手のひらを上にして腕を伸ばす。

 そこに、リコーダーが現れた。

「職員室から取り返してきた。」

たしかに、広瀬 潤也の文字が彫られている。正真正銘、僕の物だ。

「ありがとう。」

「礼はいらない。もうそろそろ伝説を終わらせないといけないから。…じゃないと、世界が終わる。」

独り言のような、低いトーンで言った。どういう意味だろう?教えてくれそうにないけれど。これも、知らない方がいいってヤツだろうか。



 「ココノ!卒業文集書けたの。間違いがないか確認してよ!」

ミツキが笑顔でココノに原稿用紙を手渡す。そういえば、忘れてた。自分の未来についての作文。たしか明後日が提出締め切り。まだ何について書くか決めてないけど。

「うんうん、この誤字を直したら良いと思うよ。凄いね、私も書かないとなぁ。」

意外。ココノは宿題を早めに終わらせるイメージだから。


うおおおおぉぉぉぉぉぉぉ―


 おたけび。もうそろそろ慣れてしまったようで怖い。

 怪物だ。さっそくリコーダーにジュエルを差し込み、唇に挟む。3本指で穴をふさぎ、タンキングを意識してトゥっと息を吐く。


 体を包む熱に安心する。目を開けば、フリフリのワンピースと、やっぱり履き慣れないブーツ。

「ラブとピースな魔法使い☆クラリネットガール、降臨★」


 し、し、し。

 シャボン玉を連続で出して、開いた窓に向かって蹴る。

「他に、何か役に立つ魔法はないの?」

「自分で試せば。」

 たしかに。


 レはレモン汁。ラはラッキー。シはシャボン玉。…ドから試そうか。でも、何が起こるか分からないし・・・。

「何に迷ってんの?クラスメイトは私が守るよ!だから、ジュンヤは怪物を倒すことだけ考えればいいの。」

ミツキが言った。頼もしい。振り返ると、ミツキは不安そうな顔を隠してニッと笑った。


 ありがとう、元気出る。


 リコーダーの先を窓に向けて、ドの音を吹いた。

どか、どかん。

花火のような音と共に、怪物の周りに煙が舞う。

「爆発…?」

「ドッカーンのドだね。」

ムリヤリすぎない・・・?心の中でモスキートにツッコミしつつ、ドの音を連続で鳴らす。


 「はぁ…なんでピンピンしてるの?」

シャボン玉も爆発も、10回くらい当てた。それでも怪物はピンピンしている。僕一人じゃ無理なのか…?


 そういえば、もう一人ジュエルを持つ人が・・・。


 「ココノ!」

あまり他人を巻き込みたくない。これは僕のやるべきことだ。他の人には関係ない。


 でも。


「助けて!」


 「え…。」


 困った顔をされた。本当に悪いと思ってる。…やっぱり、僕一人でやるしかないのか。


 「ココノ!本当にそれでいいのか?その怪物を止めないと、どうなるか分からない。世界が終わったらどうする?ミツキの夢も、全部消えてなくなっちまう。」

ショウゴが声を張り上げた。

「本当はココノだって未来を待ってるはずなんだ。変わりたいって思っているはずなんだ!その可能性も捨てる気か?!」

 ショウゴが何を言いたいのか、100パーセントは分からない。でも、たぶん、変わるなら今しか無いぜ、って言ってるんだ。


 僕じゃかけられなかった言葉だ。


 「うん。…そうだね。」

ココノはポケットからジュエルを取り出し、深呼吸した。

 カチっとジュエルをリコーダーに刺し、口に当てる。

ぴぃぃぃ―

 クラスで一番キレイなラの音。


 「愛と平和の魔法使い☆クラリネットガール、参上★」

ピンクを基調とした、大人っぽいデザインの格好。またまたヒールの高いサンダル。


 間違いない。ここに二人目のクラリネットガールが誕生した。

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