第6話「ふたりの距離と私の心」
山辺先輩には和人に惚れてしまう効果が効いていない?
もちろんそれは、私としてもとても気になる。
でもあまり先輩に接触して欲しくないという気持ちもある。
もし本当に効果が無いんだとしたら……。
山辺先輩は、和人の恋愛対象としてピッタリの相手ということになる。
そうなったら困る……けど……。
和人にとっては、それがいいのかな?
ついこないだも考えたことだ。
隠しているけど、私は体質の効果をずっと受けている。和人の望みの真逆にいる。
私は和人に好きになってもらえない。だったら、和人が一番望む形で恋をしてもらった方がいい。
頭ではわかっていても。巨大な棘が刺さったみたいに、胸が痛かった。
*
昼休み。和人と学食に行くと、山辺先輩を発見した。
「あ、先輩。奇遇ですね。前の席、いいですか?」
「うん? 君たちは今朝の……。別に構わないよ」
「ありがとうございます」
学食は混んでいる。相席は基本だ。私も和人の隣り座った。
先輩は和人の方をじっと見ると、
「もしかしてまだ朝のことを? あれはわたしが悪かった。気にすることはないよ」
「いえいえ。偶然、偶然です。ここの席が空いてたので」
偶然……ね。
先輩がお昼はだいたい学食で食べるという情報をクラスの女子から(体質を利用して)手に入れたから、学食に来てみたのだ。偶然とはちょっと言いがたい。前の席が空いていたのは本当に偶然だけど。
和人は笑って誤魔化しながら、自分で運んできた定食に箸をつける。私もお弁当を広げた。……混んでる学食でお弁当を食べるのって、ちょっと居心地が悪い。
前に座る山辺先輩はうどんだった。割り箸を両手で持ち、ぐぐっと力を入れて……。
「っ……」
ぱき。上の方がくっついたまま割れてしまった。僅かに先輩の顔が曇ったけど、そのまま食べ始める。
和人はそれには気付かず、自分のトレーを見て、あっと声をだした。
「しまった、急いでたから水持ってくるの忘れた」
「急いでいた?」
「ええ、この席が取られるかも……いえなんでもないです! あ、先輩の分の水も取ってきますよ!」
「いやわたしは別に……」
和人は返事を待たず、券売機の脇にある給水器に向かった。
……慌てすぎ。混んでて席が埋まりそうだから急いだって誤魔化せばいいのに。
体質は上手く利用するくせに、こういう時の機転の利かせ方は下手だった。いつもは向こうから近付いてきてくれるから。こっちから近付こうとするのに慣れていないんだと思う。
「…………」
「……先輩? 和人はほっといていいですよ。うどん、食べないと伸びちゃいますよ」
「ああ、うん。そうだね」
山辺先輩は水を取りに行った和人を気にしてしまったようで、和人の方をぼうっと見ていた。私に言われてようやくうどんを食べ始める。
「そういえば、君たちの名前を聞いてもいいかな。わたしのことは知っていると思うけど」
「はい、山辺先輩。私は榊知奈って言います。水を取りに行ったのは、相野和人です」
「榊さんに……相野君だな」
先輩はまた箸を止めて、コップを持って戻ってくる和人に視線を向ける。
「……彼は、不思議な感じがする」
「えっ……?」
それは、どういう……。
「おまたせしました、先輩」
「あぁ、すまない。ありがとう」
和人は先輩の方に周り、後ろからコップを手渡そうとする。
先輩は振り返って受け取ろうとして――その手が、コップにぶつかった。
「ああっ」
「うわ、っととと? おわっ!」
バシャッ!
コップの水が降りかかった。……和人の頭に。
えぇー……? どうしてそうなったの?
先輩の手が和人の持ったコップを弾き、落ちるコップを和人が掴み直そうとする。が、先輩も同じ行動を取っていた。手がぶつかり再びコップが弾かれ、和人は今度こそ掴もうとして失敗、そして何故かぽーんと打ち上げてしまい、コップは見事和人の頭の上に乗っかった。
「す、すまない、大丈夫か?」
「つめた……あ、いえ、俺が悪いんです! それより先輩は濡れていませんか?」
「私はまったく濡れなかったよ。しかし君は……」
「俺は大丈夫ですよ。髪はだいぶ濡れたけど、制服はちょっとだけです。先輩が濡れなくてよかった」
本当に、どうしてこうなったんだろう。
和人は遠慮したが、先輩がどうしてもお詫びしたいということで、放課後にもう一度会うことになった。
偶然。まるで二人の距離を近付けようとしているみたいな、奇跡的な出来事を目の当たりにして。私の心はますます重くなるのだった。
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