第5話「打ち砕かれた初恋」


 ここで、和人の初恋について語ろうと思う。


 彼に15センチ以上近付くと、女性は和人に惚れてしまう。

 その体質のせいで普通の恋愛ができないと和人は嘆いているけど、いままで好きな人がいなかったわけじゃない。


 ちなみに体質の影響を受けまくっていた私は、幼稚園の頃から和人にベタ惚れだった。でもだからといって和人が私を見てくれるとは限らない。他の人を見ていることに、私は子供ながらに気付いていた。


 その相手は、三つ年上の私の姉。榊千絵ちえ

 和人はお姉ちゃんに恋をしていた。

 本人から聞いたわけじゃないけど間違いない。


 もちろんお姉ちゃんも和人の体質の影響を受ける。お姉ちゃんが中学生の頃、時々ドキッとすると言っていた。

 ただお姉ちゃんは、スキンシップがダメというか、人とベタベタするのが苦手だった。おかげで惚れてしまう回数は少なかったようだ。他の女性に比べてお姉ちゃんは普通に接していた。

 和人はそれが嬉しかったみたいで、ますますお姉ちゃんのことが好きになっていく。


 ただ……悲しいかな、和人も気付いてしまった。自分がお姉ちゃんの眼中にないことに。

 私たちが中学生に上がった頃だった。和人は告白をされるも次の日に無かったことにされるコンボを何回も受けていた。この頃はまだ周りに気を遣っていた時期で、体質で惚れさせてしまった罪悪感に苛まれると同時に、女性不信気味になっていた。

 和人はお姉ちゃんに癒しを求めたが、高校生になったお姉ちゃんはあんまり私たちを構ってくれなくなった。さすがにまったく脈が無いと悟り、和人は初恋を諦めようとしていた。


 決定的だったのは去年。

 私たちが高校に入学する直前、大学生になるお姉ちゃんが家を出て彼氏と同棲を始めた。

 これには私もひっくり返るほど驚いた。あのベタベタするのが苦手なお姉ちゃんが、同棲なんてできるの? そもそも彼氏いたんだ? 私妹なのに知らなかったよ?

 ドライな性格で言葉数も少なくて、なんでもひとりで決めちゃうタイプだから、おかしくないっちゃおかしくないんだけど……。せめて妹にくらいもう少し早く教えて欲しかった。寂しいじゃない。

 私が知らないのに和人が知るわけもなく、しばらく呆然としていた。受験が終わったあとで本当によかった。


 私はこの事件が原因で和人がストレスを抱え込み、学校でも体質のことを気にしなくなったんだと考えている。


 以上が、和人の初恋が完膚無きまで打ち砕かれた話だ。

 ではなぜ、急にこの件に触れたのかと言うと……。



「ぶつかってすまない。よそ見をしていた」

「いえ……俺は大丈夫なんですけど……」


 朝、登校して和人と一緒に廊下を歩いていると、前から歩いてきた女の先輩と肩がぶつかった。先輩がよそ見をしていたのは本当で、私たちは避けようとしたのにふらっと近付いてきてぶつかったのだ。


 利用するために和人の方から近付く以外にも、こういう事故は当然よくある。

 今回の相手は三年生、接点は少ない。今日一日先輩は大変かもしれないけど、迫ってきたりはしないはず。

 早く立ち去った方がいいかな。そう思って和人を見ると、じーっと先輩の顔を見つめていた。


「うん? わたしの顔がどうかしたかな?」

「えっ、いえいえ! なにもないですよ」


 慌てて否定する和人。

 私は首を傾げて、今度は先輩の方を見る。髪の長い、眼鏡をかけた真面目そうな先輩。

 ……あ、この人、生徒会長の山辺やまのべゆかり先輩だ。

 成績優秀で仕事もバリバリこなす、歴代生徒会長の中でも五指に入る優秀さだと噂で聞いたことがある。基準がなんなのかわからないけど。

 和人が先輩の顔を見ていたのは、生徒会長だと気付いたから? それとも……。


「そう? では、わたしはこれで」


 先輩はそう言って、颯爽と立ち去っていく。その背中を見て、私は気付いてしまった。


 山辺先輩、雰囲気がお姉ちゃんに似ている。


 見た目は似ていないんだけど、クールでなんでもできちゃいそうな雰囲気が似ている。

 ……千絵お姉ちゃんの場合、一見、という言葉が付くんだけど。


 もしかして和人も、同じことを考えて先輩を見ていたのかな……。


「知奈、いまのって生徒会長だっけ」

「うん、そうだよ」

「もしかして……俺の体質、効いてなかったんじゃないか?」

「え……? あっ」


 そうだ、そうだった。

 和人にぶつかったのに、山辺先輩は普通だった。とても惚れているようには見えなかった。少なくとも表面上は動揺した素振りもなかった。


「気になるな」

「うっ、うん……」


 和人は体質の効果がないことに驚いて、先輩を見ていただけみたいだ。

 よかった、一安心…………って、よくないよくない!

 体質の影響を受けない、お姉ちゃんと同じ雰囲気の先輩。

 それって和人のってことじゃない!


「昼休みとか、なんとか会えないかな。ちょっと情報集めよう」


 和人が呟いているのを聞いて、私は目の前が真っ暗になった。

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