**5 白銀の君は**

「混じりけのないヒ素の鉱石を生らす樹……?」


 頷いたソウは、どこか悲しそうな顔に見えた。


「そ、そんなことできるわけない……そもそも、毒物の樹なんて俺達も育てたことないぞ。本当に限られたところでしか栽培が許可されてないんだろ?」

「ご主人様は貴族。大抵のことはできる」

 チックの言葉を、ソウは軽く受け流す。


「でも、なんのために?」


 ソウは、手を見つめて握った。わずかに透き通った手のひらが、きらりと光る。

 その目は、氷みたいに冷たかった。



「ご主人様は……きっと歪んでしまっているの。生き物を殺す毒を、『美しい』『いとおしい』と呪文のように言うの」



 ぞくり、と空気が震えた。扱いが大変な鉱石を扱ったことは何度もあるけれど、その時さえ感じたことのない感覚だった。


「樹を作り出すのに成功してから、ご主人様はクレイドールにそのヒ素を食べさせるようになったの」


 ソウは深く視線を下げて、絞り出すような声で言った。


「わたしがミネオールになる前に、『美しくない』『純粋じゃない』『ミネオールになる兆しがない』そんな理由で、何体ものクレイドールが捨てられた。わたしがミネオールになったときも、それまで一緒に育ってきた他のヒ素のクレイドールたちは全員、次の日にはいなくなっていたわ」


「そんな……」


愛された。低いこの声も愛想のない表情も性格も、全てが『ふさわしい』『愛しい』と言ってくれた。でも、ミネオールになったときから感じていたの。わたしは、ご主人様の愛する、毒そのものに成ってしまった」



「それから、わたしには愛が分からない。ご主人様の愛が本当にわたし自身に向けられているのか、わたしという鉱石に愛は必要なのか、いいえ、人間から愛される資格があるのか、分からない―――」



 僕は、なんと言葉をかけるべきか少しためらった。安易な愛を語ることはたやすい。でも、慰めや同情なんてものは、今のソウには必要ないように思えた。

 きっと僕は、彼女が話を続けるのを愚直な言葉で止めてはならない。彼女が望む限り、必要とする限りは。


「……どうして君は、こんなことをしたの?」

 だから、僕は静かに問いかけて、ソウの手を取った。


「ぁ、触っちゃだめ――」

「大丈夫」

 あの日取ってあげられなかった手は、体温こそ感じなかったけれど、すべすべで優しい手だった。生き物を殺すことなんて考えられやしない、生きた少女の手だった。


 そしてその手は今、あの時よりも強く力強い、輝いていた。

 明らかに、純粋なアルセノライトの結晶の色じゃなかったのだ。




「銀の檻を、食べてきたの。そうやって、ここへ逃げてきた」

 ソウはぽつりと言った。




「ご主人様は、わたしが……わたしの体の一部が人を殺すことで、わたしの美しさは完成すると言った」

「ころ……す?」

「あの日……わたしがあなたと会った日。ご主人様は、わたしをわざとあそこに連れてきたの。貧困街スラムだったらどこでも良かった、そう言っていたわ」


 ソウは伏しがちにしてもなお透き通り輝く瞳を光から遠ざけたいかのように、目を閉じた。手をぎゅっと握りしめて胸に当てる。


「どれだけ謝っても許されないことだってことは、知っているの。……わたしは、誰かに自分の手を取らせ、その手に……キスをさせるように、と言われたの」


「っ……」

 ヒ素はよく溶ける。わずかに汗が触れただけでも、その手は濃いヒ素を溶かし出し、手や唇につけるのだろう。

 あのとき、手を取っていたら?


「あの日、あなたを見て、話して……これからすることを咎められているように感じた。そして、それなのにあなたはわたしに優しくしてくれた……わたしなんかに。……やっぱり、できないと思った。

 わたしは戻って、ご主人様に『やはりできません』と言った。ご主人様は、わたしを怒らなかったし、失望もしなかった。優しいままだったの。でも、いつの間にか髪が切り取られていて……あなたたちになにか、あったと思った。

 このままわたしがご主人様のところにいたら駄目だと思った。きっと誰かが殺される。だから、逃げてきた」



「さっき、銀の檻って言ってたけど」

「? 純銀だったから、銀鉱石だと思って食べたの。初めての味で、本当に、美味しくなかった」

「そこじゃない。なんで君は、檻なんかに入れられてたんだ?」


 ゆっくりと首をかしげるソウが、ソウの「主人」のことが、理解できなかった。


「んと、クレイドールの部屋は大部屋で、大きなクレイドールごとの『部屋』……檻が並んでるの。今は私のものしかないけれど……これで、分かる?」

「……ああ、分かった。ごめん、話の腰を折って」


 チックと僕は、咄嗟に顔を見合わせた。ソウがあまりに平然と言うから、自分の感覚が間違っていると思いかけてしまったのだ。お互いの考えが同じだと確認して、今は言わないでおく。


「本当は、醜いわたしにふさわしい真っ黒に染まってしまいたかった。ご主人様に愛されない姿になってしまいたかった。でも……」


 まるで人間だ、と僕は思った。いいや、眉をわずかに下げ、顔全体に悲しみを滲ませて泣くような笑いを見せるこの顔を人間と言わずして、なにが人間だろう。


「わたしは、一切混じりけのない純粋な毒、ヒ素。銀を無理矢理食べても、透き通ったまま、濁ることすらできなかった!」


 この慟哭を見せる少女を「人間」と呼ばずして、誰が人間になる資格があるだろう?


「わたしは、わたしが憎くて仕方がない。この厭わしい体を、できるものなら自分で壊してしまいたい……!」

「ソウ……」




 白銀の君は、美しい。

 でも君は、そう言われることを、何より嫌ったのだ。






「それでも君は美しいよ、ソウ」


 鋭い音が、空間に良く響いた。

 そして、チックが吹き飛ばされるように倒れるのを、僕は見た。

 声を出す暇もなかった。




** - To Be Continued - **

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