**3 身に余る愛**

「……ソウ。おいで」


「……はい」


 少女は、虚ろな目をして立ち上がった。


 窓からは夕闇に映える美しい遠景と、輝く街の灯りがどちらも美しい。

 王都に近い高級街には、貴族の屋敷がいくつも建つ。その中でもひときわ大きく豪奢ごうしゃな屋敷がここだった。


「今日は大変だったようだね」


 中年とは思えない美しい男が優しく話しかけると、まるで後ろめたさを感じる人間のように、鉱石人形の少女は複雑な表情を浮かべて視線を下げる。


「……申し訳ありません」


「ソウが謝ることは何もないよ。優しいのが君の良いところだ。もっと近くにおいで?」


 その表情を見て、むしろ嬉しそうに男は少女を呼び寄せる。


「……はい」


 ソウは丁寧な身のこなしで男に近づいた。男は腕を伸ばすと、軽くハグするようにソウの頭を片腕で包む。瞳がちょうど腕の下になり、ソウはちょっと目を閉じた。


「君は本当に美しいな」

「……」

「いつも大切に思っているよ」

「……」


 男は腕を離すと、薄紫の上品な巾着から、金平糖のような鉱石を取り出した。


「さあ、食べなさい」


「……いただきます」


 固いはずの結晶はサクサクと軟らかいクッキーのように砕けて消えていく。食べ終えたのを確認してから、男は再度ソウの頭を撫でて立ち上がった。


「今度、新しい服を買おうか。商人を呼ぶから、どんな服が良いか考えておいてくれ」


 扉が閉じると、ソウはまた、たった一人で広い部屋に取り残される。



(……わたしはミネオール。長い愛情を受けて育った存在。わたしはご主人様に愛されている。……それなのに、どうしてわたしはこんなに、苦しいの)



 はぁ、と呟いた鉱石人形は、じっと手を見た。


「あの子……わたしに、優しくなかった」





「……ソウは何も、気にすることはない」


 部屋を出た男は、数本の白く輝く髪の毛を手に呟いた。




  ***




 僕はチックと一緒に元気のないフローライトの樹の根を調べていた。チックに呼び出されて昼飯も食べずに来たのだ。

「何かの病気か、別の植物が寄生してるのかもな……最悪、実に不純物が混ざるかもしれないから、肥料を変えてこまめに様子を見よう」


「なあタクト、お前って鉱石のことはなんでも知ってるんだな」

 チックが少し不思議そうな顔をしていた。

「そ、それほどじゃないよ」

 僕は根を軽く叩きながら、苦笑いしてみせた。


「ここに来る前、詳しい人に教わったことがあるんだ。あとは、卸売の人に聞いてみたり。ほとんど知識だけだよ」


「ふーん。お前もどっかからここに来たのか」

「ああ、チックが来る少し前だけど」


 チックは何か気になったのか、隣の樹の枝をいじり始めた。


「……なんでここに来たんだ?」


 僕はチラリとチックを見た。チックは僕と目を合わせないまま、枝に巻き付いたつる草を丁寧にはがしている。


 僕もチックも、生まれつきじゃなく、この町に「来た」人間だ。

 この町に好んで来る人は、多分少ない。生活は苦しく、この町の人ってだけで人間扱いをされないこともある。

 だけど、居場所を無くしたとか出身を追及されたくないとか、そういう場合は別だ。あまり警察が機能してないから、犯罪者だって住める。


 ここでは、人のことはあまり詮索しないのがルールだ。

 そこをあえて聞くのには、意味がある。




『お前は、深い事情を話してくれるほど俺に心を許してくれてるか?』




「……今の時期はフローライトの出荷は少なくてもいいけど、フローラのためにも良い鉱石の樹は減らしたくないし、なんとか治してやりたいよな」


 僕は話題を逸らした。


(ごめん、チック)


「……そうだよな! サックリ治してくれよ、期待してるぜ!」


 チックは何も気づかなかったみたいに笑顔で振り返って言った。僕は少し、許されたような気持ちになってそっぽを向く。




「おーい!! チック、タクト、来て! 大変なんだ!」


 そのとき、仲間の声が聞こえた、集会所の方角からだ。


「何かあったのか?」


「タクト、急いでくれ。多分お前じゃないと対処できない!」


「だから、何があったんだよ?」

 チックが肩に手を置いて、やや強めにゆっくりと言い放つ。その手が、振り払われた。



「昼飯一緒に食った後、何人か一気に吐いたり痙攣けいれんしたり麻痺したりして倒れたんだ!」



「え?!」

「何か間違って食っちまったのかもしれないけど、いつもと違う食材なんて使ってないし……俺もちょっとめまいがするんだ」


 そう言うと彼はがくりと膝をついてしまった。

 僕とチックは顔を見合わせた。僕らだけ無事なのは、昼飯を食べていないからなのか……?


「と、とりあえず、チックは集会所に先に行って、できるだけみんなに食べたものを吐くように言って手伝ってやってくれ。あと、もし余裕があれば、倉庫に活性炭があるかどうか見て出しておいてくれ。僕もすぐ追いかける」

「分かった」


 チックは頷いて駆け出した。僕は仲間に駆け寄る。


「大丈夫か?」


 言いながら、喉に手を突っ込む。


「う……うぇえ……」

「大丈夫だ。早めに処置すれば、きっと大丈夫……」


(嘔吐、めまい、痙攣、麻痺……まだ決まったわけじゃない、けど……)


 僕は背中をさすりながら、集会所へ向かった。

 底知れない不安が、じわりとこみあげてきた。




** - To Be Continued - **

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