**2 淡色の優しさ**

「遅いぞ、食事番」

 集会所に近づくや否や、チックの声がした。見やれば、不機嫌そうな顔でこちらを見ている。

「ごめん、少し手間取って……」

 僕は言い訳をしながら、中に早速入る。


「フローラは元気?」

 僕はさっき摘んだばかりのフローライトをチックに手渡した。

「すぐそこにいるんだから本人に聞けよ。今日は一人話し相手が少ないって悲しそうにしてたぜ?」

 チックはすぐに柔らかい布を取り出して拭き始める。


 すると、奥からカタリと音がした。


「タクト、さ、ん?」

 途切れ途切れの、少し聞き取りづらい声。フローラだ。僕は部屋に入った。

「フローラ、遅くなってごめん。今チックが準備するから」


「いえ、へいき、です。タク、トさん、の、くれる、石は、美味しい、から、たの、しみ」

 フローラは椅子に座っていた。

 クレイドールの原型は関節の代わりに球が入った、明らかに人形のものだ。細かいところの造形も、まだはっきりしていない。うっすらと淡い色の模様が入った程度のフローラは、話すのも動くのもまだ苦手そうだった。それでも、嬉しそうに僕のところに歩み寄ろうとしてくれる。

「いいよ、フローラ。そのまま座ってて」




『……ミネオール』


 少女の声を、ふと思い出した。

 フローラもいつか、あのようになるのだろうか。それとも、あそこまで活き活きとしているのは、ミネオールになれた人形だけなのか?


(あの人形は、一体、どうしてあそこにいて、なぜ逃げて行ったんだろう……)


 そういえば、もしあの場に、少女の所有者……つまり家族がいたら、どう思っただろうか。

 もしかしたら、僕が少女を連れ去ろうとしているなんて勘違いされたかもしれなかった。そう思ったら、急に冷や汗が出てきた。




「……タク、ト、さん?」


 フローラの声で、我に返った。

「どう、し、たの?」


「あっ……えっと、何でもないよ。ちょっと考え事してただけ」

 僕は笑顔を作ってみせた。


「……」

 黙ったかと思うと、フローラは立ち上がった。急に立ったからか、うまく足を踏ん張れなくて、崩れそうになる。

「大丈夫か?」

 僕が駆け寄ると、フローラは椅子のひじ掛けに手をついて踏ん張り、僕を真正面から見た。


「わたし、目、わるい、けど、いまの、た、タクトさん、の、かお、しんぱい。ひとり、で、かかえこむ、の、は、よくな、い」


「フローラ……」


「だって、わたし、たち、かぞく、なんでしょ?」


 フローラは、人形の瞳で、ぎこちない造形の口で、精一杯、優しそうな笑みを浮かべた。


「……ありがとう、フローラ」

 僕はフローラの体を支えて、座らせた。

「ちゃんとみんなに話すよ」


「……タクト、さんは、良い子、です」

 フローラはぎくしゃくと僕の黒髪を撫でた。


「何かあったのか?」

 チックが磨き上げた石を持ってやってきた。グリーンが美しく映えた端に、一筋明るいパープルが通った、小ぶりだけど自慢の石だ。

「はい、今日のご飯」

「あり、がとう。チック、さん、は、良い、子です、ね」

 サクッ、と、硬いはずの鉱石を美味しそうな音を立ててフローラは食べる。まだまだぎこちないけれど、やっぱり、笑顔は素敵だ。

 僕らには分からないけれど、もぎたての鉱石の実は美味しいらしい。



「フローラって母ちゃんみたいだよな」

 集会所を出ながら、チックがぽつりと言った。


「え?」

「俺にはいたことないから、分かんねーけどさ。なんか、話で聞く母ちゃんみたいになりそうな気がする」


「そうかもな。母さん……『母さん』か。久しぶりに聞いたなその単語」

「まあ、まともな母ちゃんがいる奴はこんなところに来ないよな」


 チックは小石を蹴飛ばした。


「なあ……クレイドールが逃げ出すことってあると思うか?」

「は? お前何言ってるんだ?」

「もしくは、散歩しててはぐれた、とか……」


「フローラか?」

「え?」

「なにか不満があったのか?? フローラ逃げ出そうとしてるのか?!」


 チックはちょっと怖いくらいの顔をして僕の方を見た。


「いや、そういうんじゃないから落ち着け」

「本当だよな? さっき二人で何か話してたから、俺てっきり……」

「僕、嘘吐かないだろ? ……基本的には」


「……ああ、そうだな。で? 何があったんだ?」

 やっと落ち着いた様子になったのを見て、僕はゆっくりと切り出した。

「実は、さっき……」


  ***


「……なんだそりゃ」

 チックは聞き終えるや否や、肩をすくめた。

「なんでそんなことがあって、何もせず今まで何も言わなかったんだよ」

「遅れたらお前怒るだろ。それにフローラの前であんな話をしたくなかった」

「たしかに……でも、こんな町になんで居たんだろうな」

「……すごく大事にされてそうだった。それに、愛情を注がれて育ったクレイドールしかミネオールにならないんだろう? なんで、こんなところに独りでいたんだろうって考えると……」


「まあ、事情を聞く前に怖がらせて逃げちゃったんだろ?」

「……」

「治安の悪いこの町にいるよりはマシだろ。……気にすんなよ」

「……ああ」


 僕にはもうどうしようもない。そんなことは分かっていても、あの涙のことを思い出すと心の中にモヤモヤとしたものがこみあげてきた。


(ミネオールって、幸せなんじゃなかったのか?)


「……涙」

「え?」

「悪い、ちょっと忘れ物した」


 僕はチックの肩を叩いて、鉱石樹畑にとって返した。



「さっきの場所……このあたりだったよな」


 かなり日は暮れかけていたが、歩き回るうちにきらりと光るものを見つけた。

 彼女の涙だ。屈んでゆっくりとつまみ上げる。


(ミネオールのことを……ソウのことを、知りたい)


 彼女は、いったい何の鉱石でできているんだろう。

 見ただけでだいたいの石は見分けられる自信がある。僕は、手のひらで8面体の結晶を転がした。




「こ……この、石って……」




** - To Be Continued - **

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