第1章 出会い

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 外で蝉が鳴いている。月嶋悠真はそれを煩わしく感じて小さく舌を打った。じわじわと出てくる汗を腕で乱暴に拭う。室内である筈なのに外の暑さが伝わってくる。折角の夏休みなのだから家でゆっくりしても罰は当たらないだろう。月嶋は普段大学の講義やらアルバイトやらで疲れている身体を休ませる。

 高校時代から憧れていた一人暮らしの大学生活は予想以上に大変だった。学生の頃、家事の一切をやったことがなかった月嶋は何も分からなかった。その時初めて、親の有り難みというものを知った。今の今まで家事がこんなにも大変であることを知らなかった。大学入学当初は本当に何も出来ずにいた。それでも、やはりいつかは慣れるようで、月嶋は半年が経つ頃には何とか失敗せずに家事が出来るようになった。最初は焦がしてばかりいた料理も、皺だらけの洗濯も、逆に散らかすばかりの掃除も、今では楽しくなりつつある。


「今日は昼飯、どうするかな。」


 何気なしに呟く。答えが返ってこないと分かってはいるが、時々やってしまう。今回も問うだけで答えのないそれに少し可笑しくなって、月嶋は頬を緩めた。


「よし、冷やし中華にしよう。」


 昨日、大学の学生食堂で見掛けた「冷やし中華 始めました」の貼り紙を思い出す。この暑い夏にぴったりだ。月嶋は早速作りにかかろうとキッチンまで行き冷蔵庫を開けた。

 胡瓜とハム、それから卵を取り出したところではたと気付く。そう言えば肝心な中華麺がなかった。買ってこなければと取り出した材料を戻して支度をする。家から出なくても済むと思っていたのに、誤算だった。


「行ってきます。」


 誰に言うでもなく月嶋は言うと、玄関を開けて外に出た。

 外は想像以上の暑さだった。一歩踏み出せば汗が噴き出る。月嶋は顔を顰めて、手を団扇のようにしてパタパタと扇いだ。蝉が鳴いている。月嶋は腕で汗を拭った。





「私の未練を、無くしてくれませんか?」

「は?」


 スーパーマーケットへの道の途中で月嶋は目の前にいた女性を訝しげに見る。高校生くらいだろうか。ならば少女と言うべきなのか。月嶋はこの少女が何を言っているのか分からなかった。


「私の未練を、無くして下さい。」


 またも同じような言葉を言われる。月嶋は少女の言葉を分からないというよりも理解したくなかった。未練を無くしてくれと少女は言う。しかし未練と言われても月嶋には何のことだか分からない。そもそも、この少女が誰なのかすら知らないのだ。未練だなんてどうして知り得ようか。しかし面倒であることは間違いない。


「あの、私の言葉、聞こえていますか?」


 少女が聞いてきた。月嶋は反射的に頷いてしまった

 それに安心したのか少女は安心したように息を吐いて笑った。


「私の姿、見えますよね。どうか、私の未練を無くす手伝いをして欲しいんです。」

「……宗教の勧誘ですか?」


 訝しげな視線を少女に向けたまま、月嶋は絞り込むようにして出した言葉はそれだった。月嶋の言葉が予想外だったのか少女は固まる。月嶋は今の内にと、少女の横を通り抜けた。

 追い付かれたら面倒だと心の何処かで思っているのか、知らず知らずのうちに足早になる。帰りは遠回りをして行こうと考える。


「もう、話を聞いて下さい!」


 先程の少女の声が左側からして、月嶋は足を止めずに歩きながら左を向いた。何故か通り抜けたはずの少女が月嶋と同じ速さでついてきていた。月嶋はどういうことだと目を大きく見開く。少女はにこにこと笑っている。足音が聞こえないのが気になり、月嶋は少女の顔から足の方へと視線を変えた。

 しかし、そこにはあるはずの足がなかった。

 月嶋は驚きのあまり叫びそうになる。すんでのところでそれをおさえ、それでも驚きは隠せずに思わず足を止めてしまった。


「ゆ……幽霊?」


 少女の顔を指差して、少し震えた声で聞く。顔も少し、引き攣る。


「はい、そうです」


 間を開けずに少女は答える。その元気な様子に幽霊ということが信じられずに、ドッキリなのではと辺りを見回すも誰もいなかった。

 少女はいまだ、笑顔のままだった。

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僕らの49日間 ゆきち @kric_24

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