第28話王に仕えた者達8

 王に仕えた者達8


 罪人になる覚悟までして役職や地位、家など手の中にあった物全部を犠牲にした。

 そんな自分に天が感銘を受け、メレンシアと合わせてくれたものとばかり思っていたリカルドは、メレンシアが自分とは格が違う想像より遥かに上の存在である現実に、唯一の支えだった祖父の教えまで全て失った気がした。


「どうして…俺は負けたのだ…」

「まだわからないのかぇ?弱いからじゃ」

「正義である俺が弱い…?」


 未だ納得出来ないという顔のリカルドに対し、今まで見たこともないくらい愚かな男にメレンシアはつい笑ってしまった。


「主は何故こんな馬鹿な男を仲間にしたのかぇ?」

「仲間ちゃう。昨日たまたま道端に倒れてんのを拾っただけや」


 赤い髪の女はリカルドに諦めて家に帰ることを勧める。


「状況からして復讐っぽいけど、もう諦めた方がええ。相手の強さも理解出来へんようじゃ、犬死にするだけや」

「いやまだだ…完全に負けた訳ではない!もしや…お前も俺が弱いと思うのか…?」


 流石に赤毛の女も何も理解しよとせず、聞く耳を持たないリカルドに腹が立って来た。


「そうや、その通りや。お前弱すぎんねん。チヤホヤされ過ぎたどっかのボンボンみたいやけど、お前より強いやつは世の中に腐る程おんねん!いい加減現実と向き合えや!」


 その場にいた誰もが思ったであろう核心をついた正論に、リカルドは立ち上がるとブツブツと何かを呟きながら、ふらふらする体を運びどこかに歩いて行った。

 それを見つめるノエルは、一応恩人と言える人の壊れてしまったような姿に心が痛む。


「あの人大丈夫なんですかね…」

「大丈夫やろ、ウチはあいつのオカンとちゃうねん。またチヤホヤされに帰ればええだけや」


 リカルドのあの背中を見たノエルは、赤毛の女の話に同感するし可哀想とも思うが、今は他人の心配よりメレンシアという大問題が残っている。メレンシアの戦闘能力からしてノエル自身だけではなく、ベルゴでも勝てそうな気がしない。


「メレンシア…さんですか?ルシウス様とは会えませんから、今日はもう帰ってください」

「では、せめて彼の方に仕える者だけにでも合わせてはもらえぬかぇ?」

「どういう意味だ?」


 ベルゴは自分がルシウスに仕える唯一の者と考えていた。なのに、メレンシアの話では他の者もいるという風に聞こえる。考えを巡らせるベルゴの記憶から、ある場面が浮かび上がる。ゴブリンの村からルシウスに尋ねられた妙な質問のことだった。


「私達の他に誰かいると言うんですか?」

「貴様!何を知っている?」


 予想とは違い知らないと見える二人の反応に、メレンシアは自分だけが知っているという優越感に満面の笑顔を浮かべては、答えを拒否する。


「ふふっ主達は知らないのかぇ?彼の方が妾"だけ"に見せてくださったあの者達を…」

「な、何ですか!その言い方は!」

「自分の他に誰かがいる…?自分はそれを教えてもらえない程、主人様の役に立ってはいなかったということか…」


 嘲笑うかのような笑顔と嫌な言い方に、ノエルとベルゴはそれぞれ違う戸惑いを見せていた。ノエルはなんか知らないけど、特別扱いをされたと自慢するようなメレンシアに、負けているような気がしてモヤモヤするのを感じる。

 ベルゴはルシウスのために出来るだけのことをして来たつもりだったが、結果はいつも最悪な方向に流れる。そんな自分はルシウスの信頼を得られず、もっと頼りになる配下がいるように聞こえるメレンシアの言葉に、自分の存在意義を失ってしまったような気がした。


「けど、彼の方がいらっしゃらないのなら仕方ないのう…これを渡してもらえぬかぇ?」

「何です?これは」


 メレンシアに手渡されたいくつもの巻物を見ながらノエルが尋ねる。


「そこには妾の血の拇印ぼいんが押されてあるわ。それを使えば妾といつでも会話が出来る。彼の方が呼んでくだされは、妾は直ぐにでも飛んで来るぞぇ」


 突然、影が口を開けるように現れ、その中から羊の頭に執事服を来た者が出てくる。


「お嬢様、お父上がお呼びでございます」

「残念だが、今日のところはこれで失礼するわ」

「これを…待ってください!」

「近い内にまた会うとしよう…」


 ノエルが呼び止めるが、メレンシアは影に包まれ姿が消えてしまった。メレンシアがいなくなったことを確認した赤毛の女が、ノエルに近づきずっと気になっていたことを聞く。


「エルフのねーちゃんさ…本当に彼の方とやらがメレンシアを倒したんか?本人の口から聞いても信じられへんわ」

「あっ、先は助けてくれてありがとうございます!えっと…」

「クリシャや」


 事情は知ったクリシャと名乗る女は、ルシウスという面白そうな存在が目覚めるまで少し待つことにする。

 その一週間後の夜。


「ねーノエルー。ルーシはまだ目覚めへんのかいな」

「こっちが知りたいくらいですよ」

「なんか妙なのも増えたな ブヒッ」

「こんな美少女に妙とかありえへんやろ」


 毎日ルシウスが目覚めないのかと騒ぎ立てるクリシャのせいで、それなりに静かなオークの家は一段と騒がしくなってしまった。

 その騒がしさのおかげか、ルシウスの目に久しく青い光が宿る。ノエルは嬉しさにルシウスの胸に飛び込んだが、硬い骨しかないその体に鼻を打ってしまった。


「痛っ!」

「ここは…」

「豚さん達の家です!ベルゴさん!ルシウス様が目覚めました!」


 ベルゴが扉を破壊する勢いで入って来ては「主人様!」と叫ぶ。ルシウスはリアクションが可笑しい二人に驚いたが、寝るはずのないアンデットである自分が目覚めた感覚を感じたことを察して、何かがあったというこが予測できた。


「そうか…一か月も立ったのか…」

「あんたのこと、本当に心配してたぞ ブヒッ」

「そうなんですよ!もうっ!」


 ルシウスは女と会話していた辺りから記憶がない。だが、誰かが救いの手を差し伸べてくれたような感じは残っていた。そして、ミレス六番街のことも思い出すが、何も感じられなかった。

 自分は確かにそのことを聞いて何かを感じたはずだが、それが何なのか思い出すことはできななかった。


「魔法進化:メガ・ファイア・ボール」

「魔法進化:メガ・アイス・ボルト」

「魔法進化:メガ・サンダー・ボルト」


「スキル:断空爆斬」 「特殊能力:骨使い」


(何故、強敵と戦う前には習得出来ないんだよ…)


 新たな能力に嬉しいことは嬉しいが、必要な時には出なかったものが戦いが終わった後に出現したことに、額に手を当て首を横に振るつもりだったが、何か違和感を感じる。


「鎧がない!」


 思わず立ち上がり叫んでしまったルシウスに、皆んなの視線が集まるのを感じて咳払いをし、座り直す。


「ベルゴ、ノエル…我々の旅の資金が全部消えてしまった…」


 ルシウスの目の前に金貨四千四百枚がチラつく。お金が沢山あったからこそ、何気に不自由なく旅が出来たのだが、今となっては無一文に逆戻りだ。

 そんなルシウスとは裏腹に、ベルゴとノエルはルシウスという大きな存在がいなくなった百年のような一か月を過ごしたため、金のことなど眼中になかった。


「お金ならまた稼げばいいじゃないですか…目覚めてくれて本当に良かった…」


 やっと自分の祈りが通じたかと、目が覚めたルシウスに喜びの涙が流れる。ルシウスは心配をかけたノエルを慰めながら、知らない顔の者が増えたことに気がつく。


「誰だ?」

「つれないな~ルーシ。ウチはノエルにルーシの凄さを散々聞かされたんやで」

「ちょっと…クリシャさん!」

「ルーシ…?」


 変なあだ名まで付けられて戸惑うルシウスに、ノエルが助けてもらったことを伝える。自分が寝ていたというか気を失っていた間のことも色々教えてもらった。

 一番驚いたことはメレンシアを自分が倒したということだった。もしかすると、オウガキング戦の時のように何か能力を得たのかと考えてみたが、ノエルから聞いたメレンシアの話とは違う。


(そうだ!「最後の思念体」というやつに助けられたのか)


 そこまでは思い出せたのだが、後のことが全くの暗闇だった。

 過ぎたことに囚われるより、次このような事態にならないよう努力する方向に思考を変えることにする。


「能力:異空間保管」


 今までで一番のピンチだったせいか、やたらと新たな能力に目覚める。

 ルシウスは保管ということから、魔法の袋か倉庫のような能力だと思い、一度頭の中で唱えてみる。何にも起きないと思ったら、ノエルの叫び声が聞こえた。


「ルシウス様!腕が…腕が消えてます!」


 戦闘で切断されたのかと確認して見ると、黒い空間に腕がハマっていろようだっが、ノエルの反応からして空間が見えないようだった。

 魔法の袋と違い、中身が見えない空間の中で手を動かすと何かにぶつかる感覚がして、手探りで全部取り出して見る。

 謎の剥製のような心臓、謎の紫の液体が入った瓶、何も書かれていない本、色褪せ過ぎて読めない紙が一枚、最後に漆黒色の見栄えのよい剣が出てきた。

 出て来た物を知っているのか、先から何か言いたげなベルゴに聞いて見ると、知っていた訳ではなくメレンシアの話に出て来た者が気になっていたようだった。


「ベルゴよ、前にも言ったが私もその者達を覚えていない。案ずるな、教えなかったのではなく知らなかっただけだ」

「はい…失礼いたしました…」


「特殊個体ベルゴの強化」


 ルシウス自身は、ベルゴにとって相当大きな存在なのだろう。そんなベルゴを心配していると、初の支援系のスキルと思われるものを覚えた。

 これを使えば自分を責めるベルゴの気持ちも少しは和らぐのではと思い、試しに唱えてみる。

 ベルゴの剣と盾が一体化し、重そうなツヴァイハンダーに姿を変える。そして、身につけていたヘルムや鎧に穴を空け、無数の棘が出てきた。それに、ヘルムや鎧もぱっつんぱっつんに膨れ上がっていた。


「い、一体何が…」

「ベルゴ、鎧を脱いでみろ」


 強化を解除し、全裸…になったベルゴにもう一度使ってみると、白い粘土のような物がベルゴを覆い刺々しいスパイクヘルムと鎧が出来上がった。

 ベルゴはルシウスの能力により力が漲りのを感じた。その能力さえあれば、ルシウスの役に立てるという期待にベルゴは心の平穏を取り戻す。

 鎧が穴だらけになり使い物にならなくなったことで、ルシウスもベルゴも久しく本来の姿に戻ることになってしまった。


「困ったな…金もないし、鎧が買えないから街にも入れない」

「それなら、ええもんがあるで」


 クリシャは自分がはめていた指輪を外し、ルシウスに渡す。指を外したことで空いている背中から、小さな翼が一つ現れた。


「翼?」

「そうや、ウチはサキュバスや。美少女過ぎるからって惚れたらあかんで?」


 ピッタリと張り付く、背中が空いた上着とショートパンツを履いている赤く長い髪のクリシャが、片手を頭の後ろに回し髪を持ち上げ、もう片方は腰に当てる。そして、まな板を突き出し少し斜めに立っては色っぽさを演出してみるが、サキュバスと連想してあるべきものがクリシャにはなかった。


「顔はともかく、サキュバスならも…」

「言わんといて!わかるわ…ウチがサキュバスやー言うと皆んなその反応しか見せへんのや」


 確かに、ルシウス自身は初めて見せる反応かもしれないが、本人は飽きる程見た反応なのだろう。ルシウスは謝罪し、クリシャは何故ここに残ったのが尋ねてみる。


「ノエルを助けてくれた事は礼を言う。それで、我々に何か用でもあるのか?」











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