第27話王に仕えた者達7
王に仕えた者達7
長方形に広がる黒いキューブがオークの群れの半数以上を覆い、足首だけが主人を待つ靴のように残った。凶暴化しでも死への恐怖は残っているのか、異常な現象を起こした強者の出現に肉食うオークの動きが止まる。
「家畜如きに何を
ローブに全身を包んだ女は、オークの群れから大将らしいメスオーク達を侍らせた者に向け歩き出す。肉食うオーク達は群れの中を無防備に歩いているその女に襲いかかろうとしない。
「ブケッ!ブケッブケッブケッ!」
大将オークが顔に青筋を立てて何かを叫ぶが、動かない周りの反応からして上手くいってないようだった。
「うるさいのう…もう死んでよいぞぇ」
女は大将オークに「死の宣告」を言い渡すと、異空間から幽霊のような透き通った者達が数体現れた。その者達はオークの体から魂をひっぺがし、生き霊となりもがく大将オークをつれ異空間に消えた。大将が死んだことに気づいた残りのオーク達は武器捨て、戦闘意識がないことを示すが女は構うことなく魔法を唱える。
「アラクニア・キューブ」
オークの周辺に一つの黒いキューブが現れ、蜘蛛の巣のようなものを射出し残りのオークを捕らえる。すると、蜘蛛の巣は時間を巻き戻すかのようにキューブの中へと吸い込まれる。肉食うオーク達はキューブの中に引きずり込まれ、血の一滴残すことなく姿を消してしまった。その場に残っていた黒いキューブも役目を終えたように消え去る。
「あのねーちゃん、やばいな!」
赤い髪の女がノエルとベルゴに向かうローブの女を見ながら、無精ヒゲの男に話しかける。男も高度な能力を有する謎の女に驚いていた。
「主達はルシウスという名の者を知っておるのではないかぇ?」
「はい…知ってますけど…ルシウス様とお知り合いですか?」
「いや、自分は主人様に長く仕えて来たが、この女を見たことがない。誰だ貴様は」
女はフードを取り、二人の前でその美しい美貌を露わにする。
「なんやねん…強くてウチより乳でかい上に美人とか、一番嫌いな部類やわ」
自分より綺麗で、胴体の空いたところから伺える豊かな膨らみをみた赤い髪の女は、凹凸など全く感じられない自分の胸を見つめながら文句を垂れる。雑音が聞こえるが、女は気にせず自己紹介をする。
「やっと見つけたぞぇ…妾は、メレンシアという者じゃ。彼の方に合わせてはもらえぬかぇ?」
「メレンシア…メレンシア…どっかで聞いたことあるけど全然思い出せへんな…」
「メレンシアだと?!」
聞いたことのある名に首を傾げ考える赤い髪の女の横にいた男が、怒りと敵愾心を隠すことなくメレンシアに近づく。
「貴様が…テメェがメレンシアか!」
「妾のことを知っておるのかぇ?」
メレンシアは見覚えのない顔の男に馴れ馴れしく名を呼ばれ、不機嫌そうな顔を浮かべ男に問う。
「ああ…知っているとも…俺は先日、テメェが遊びで滅ぼした街の、ブリュレ王国の騎士だ!」
「なるほどのう…それがどうしたというのじゃ?」
殺された人間に対し、哀れむ気持ちも罪悪感も感じていないと見えるメレンシアに、男は我を忘れ剣を抜き襲いかかる。
「リタルファント」
刀身を覆うオーラにより何倍もリーチが長くなった剣でメレンシアの心臓に向け高速の突きを行うが、メレンシアは後ろに飛び距離を開けその突きを回避する。男は避けられても驚くことなく「破星槌」を発動し、自分の前方にオーラを集中させては追撃の突進攻撃の連係技を披露する。メレンシアは速いスピードで突進して来る牛を避けるように軽く交わす。交わされても次の手があるという顔で男は再度、オーラを剣に集中させ「ファントツイスト」唱える。激しい回転攻撃でメレンシアを責めるが、メレンシアの顔からは焦りや緊迫感などは全く感じられない。
「下らないのう…」
メレンシアは激しい回転により、残像が邪魔で正確な位置もわからないはずの剣の刀身を素手で掴む。普通なら掴もうとする手が消し飛ぶかミンチになるはずだが、腕力などありそうに見えない細いその女の力により回転が急停止し、体が悲鳴をあげる。
「くあああああああぁっ!」
全身の痛みと両腕が明後日の方向に曲がり剣を落とし座り込む男に、最初から興味がなかったメレンシアは、男を空気のように素通りしノエルとベルゴに再び近づく。そして、何かを思い出したように困った表情を浮かべてはノエルに尋ねる。
「妾としたことが…もしや、あの者も主達の仲間なのかぇ?」
「違いますけど…あの人と何かあったんですか?」
「そうかぇ?あの男が急に妾を襲っただけじゃ」
心配そうに無精ヒゲの男を見つめるノエルに、メレンシアは素敵な笑顔で無関係と伝える。
「テメェェェェエ!あのようなことをしておいて!よくも…」
「思い出したわ!ヨミナン魔国の魔王や!」
男に駆け寄った赤い髪の女はスッキリした表情を浮かべるが、その言葉にベルゴから殺気が漏れ出る。ノエルもすぐには思い出せなかったが、ルシウスと最後に向かった場所がヨミナン魔国だったということが頭をよぎる。
「貴様が主人様を!」
「あの変な人達はあなたの…」
ベルゴとノエルは武器を構え戦闘態勢を取るが、メレンシアは敵対するつもりはないと話を続ける。
「妾は偉大なる彼の方の配下に負けた。そして、彼の方は妾が見たこともない強力な軍勢で、妾の兵を簡単に滅ぼした。妾は彼の方に全てを捧げたいのじゃ、一つになりたいのじゃ!」
二人はルシウスが勝ったということは確認出来たが、後の言葉はどういう意味なのか理解出来なかった。
「主は、彼の方の女なのかぇ?」
「はいっ?!」
ノエルは今まで一度も直接聞かれたこともなかった話題に、目まぐるしく変わる表情を隠せなかったが、一応そういう関係ではないことだし、違うと伝えるとメレンシアの笑顔はより明るいものとなる。
「やはり主の力ではのう…で、彼の方はどこかぇ?妾はずっと探しておったのじゃ」
ルシウスの計り知れない強大な力に魅せられたメレンシアは、感じたこともなかった妙な感情が、自分の中に生まれたのを感じた。その激しい感情に、自分の有する全ての力をさらけ出し、ルシウスに認めてもらいたかった。
メレンシアは自分がそこまで弱くないということは知っている。いい血筋の家に生まれ、生まれながら才能に溢れていた。周りの誰もが褒め称え、崇めたその力が、蚊を潰すように簡単に消え去った。完成まじかだった「魂の鳥籠」まで使い切ったが、効力が発揮される前に強引に消され、腹部の痛みしか残ってはいなかった。
気がつくと空間転送魔法によりあの男の、他の魔王の城内だった。そこで感情の整理をしたかったが、食欲もなく、切ない気持ちで夜も寝付けず、ルシウスのことが頭から離れなかった。居ても立っても居られなかったメレンシアは、自分の領土周辺や街に向かう道などを探し回りやっと、あの時馬で逃げていた者の一人を発見したのだ。
「助けてもらったことは有り難いんですけど…ルシウス様になんの御用ですか?」
「妾は…もう一度、彼の方に逢いたいのじゃ…いや、遠くからでもよい…」
「ダメです!その…ルシウス様は今ここにはいません!それに、あなたをルシウス様と合わせる訳にはいきません!」
ノエルはルシウスがまだ目覚めてないことをメレンシアが知れば、何をされるかわからないと思い嘘をつく。
「なんやて?メレンシアといえば、リュネブルク家の者とちゃうの?驚き過ぎて鼻の穴が閉じへんわ…」
「笑えるなおい!我が国にそんなことをしといて、オークに梃子摺る程のどこぞの誰かも知らない奴に負けたのか!」
「貴様!主じ…」
「口を慎みなさい…」
ベルゴが主人を侮辱されたことに対し怒りを口にする前に、ベルゴより先にメレンシアが不快感を腕が折れた男に向ける。冷たい氷の針で全身を刺されているような寒気と痛みが走る。男は経験したこともない感覚に体の方に目をやると、大量出血する程大きな傷口も見当たらないのに体が血まみれになり、血の涙や鼻血まで流していた。針の痛みは段々増し、刃物のように感じたがそれを阻止するノエルの言葉に、メレンシアは「王の威圧」を解除する。
「殺すつもりですか!一応助けてくれた人を見殺しには出来ません!」
「そ…そうかぇ?主も、運がよかったのう」
メレンシアが目を丸くし、ノエルの言葉に少しだけ叱られた子犬のような表情を浮かべたが、再び冷たい視線で、生まれて初めて感じる強者の圧倒的な強さに抜け殻のような顔になった男と話を続ける。
「ふんっ!なんの手品かは知らないが、俺が本調子だったら…」
「勘違いしておるのではないかぇ?妾は確かに敗北した…だからといって主如きに負ける程弱くなった訳ではないぞぇ?身の程を知りなさい」
「おっちゃん、やめときな!」
明らかな力の差を感じても敗北を認めようとしない男に、赤い髪の女が呆れた顔で、男の力ではメレンシアに絶対勝てないということを教える。
「おっちゃんが何者かは知らんけど、おっちゃんの力ではメレンシアに傷一つ付けられへんで。正直なところ、もうわかってるんとちゃうんか?」
「そんなことはない!俺は悪には負けない!」
「命は大事にしいや…おっちゃんも感じたやろ?魔法も手も出されてへんのに、体が血まみれになった。あれを使える時点で、何もせんでもおっちゃんを殺せるんやで?」
赤い髪の女の話に男は俯き黙り込んでしまった。
男の名はリカルド・ルマンド。ブリュレ王国最強の騎士であり、国王親衛騎士団の団長だ。リカルドのルマンド家は武家であり、代々国王親衛騎士団に勤めた侯爵家でリカルドはその家の一人息子だ。幼い頃から先代の騎士団団長を勤めて父や団長ではなかったが、団長補佐を勤めた祖父に剣術を叩き込まれた。
「もっと脇を閉めんか!」
「はい。お爺様!」
「お前はきっとこの国で一番すごい、国王親衛騎士団の団長になれるぞ!」
「本当ですか?お爺様!」
「ああ…これだけは忘れるなよ。正義は必ず悪に勝つ!」
リカルドは、正義は悪に屈しないという祖父の教えを誇りに、剣の鍛錬を怠ることなく積み重ねた。その結果、祖父の言う通り騎士団の団長にもなれた。リカルドの人生の中で祖父の言葉に間違いなど一つもなかった。メレンシアが襲撃して来たあの日までは。
正義であるはずの自分が、メレンシアと戦うことも許されず、たかが女一人に怯える国王の気持ちがリカルドは理解出来なかった。ブリュレ王国の中で一番強いともてはやされ、父も、なくなった祖父も自分の腕を認めてくれたことで自信もあった。傲りや傲慢ではなく、対人戦の鍛錬でも負けなしの戦績を誇り、純粋に鍛錬の積み重ねでここまで来た自信というものだ。自分は正義であるからこそ強い。そんな自分を投獄し、住人を見殺しにした国王や国に絶望感を抱いたリカルドは、家の名に泥お塗ることになるが脱獄し国を抜け出した。
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