第26話王に仕えた者達6
王に仕えた者達6
「執行隊からの報告が入りました」
白い仮面をつけ、胸元の真ん中に赤い十字架が刻まれた白い服装に身を包んだ者が入って来た。謁見の間のようなその空間は、天井には丸い大きなガラスが張られ、そこから太陽の光が振り注ぐ。壁は入り口の方を除き、全て天使が描かれているステンドガラス作りになっていた。
入り口から見上げる程の高い階段の上にある大きな椅子まで赤いカーペットが敷かれていて、階段の前のカーペットを境に両側には位の高そうな神官達が立っていた。その後ろには純白に輝く全身鎧に身を固め、ランスとカイトシールドを持つ聖騎士が並んでいる。カイトシールドと背中のマントには天使に滅っされる死者の紋様が描かれていた。
「報告せよ」
神官の一人が入って来た者に報告を促す。
「執行隊の報告では、ブリュレ王国が治める領土の一つであるミレス六番街の人間が全滅したそうです。また、住人の死体の損傷も激しいものとのことです。援軍を向かわせたようですが、交戦が終わった後でした。ここが本題ですが、ヨミナン魔国で魔王であるメレンシアの姿は確認できず、その配下と思われる死体が領土内、及び少し離れた場所から大勢発見されました。領土内は高度な魔法と思われる無数の大地の巨大な柱が残っていて、これまた全ての死体が異常な程にまで損傷を受けていたとのことです」
報告書の内容を聞いた神官達は、顔を見合わせ小さい声で何か論議しているように見えた。
「その魔法の術者は確認出来なのか」
「そのような報告は上がってきておりません」
「可笑しな話だな…大地系統の魔法なら、術者がそれを解くか離れると元に戻る、もしくは崩れているはずだ」
ある神官の言葉により、神官達に気付かなかった疑問が浮かんだ。
「メレンシア自身の仕業ではないのか?」
「いや、それはない。メレンシアは死霊術の魔法に特化したデーモンだ」
「では、一体誰が魔国でその魔法を使ったというのだ?」
「メレンシアに起こったことも気になるが、先入った情報の対策も必要だ。カザス帝国の周辺にあった小さな町の住人が、全員喰われていた件だ」
「確かに。負傷者の治療に付き添った神官の話ではグールの痕跡を見つけたとか」
カザス帝国から少し離れた場所には、自然豊かな人口三万人程の町があった。大自然が売りの観光地だったが、一晩で町の住人や旅行客が全員喰われていたのだ。
「ただのグールに出来ることではない。住人の数からして群れを率いるキング級の仕業だな」
「しばらく姿を見せなかった上位アンデットが現れるとは…」
「アンデットで思い出したが、メレンシアの領土は伝説の沼地帯と近いのではなかったか?」
神官達は広範囲に広がる異様な霧の壁に囲まれた沼地帯を思い出す。
「あり得んよ。千三百年前の荒唐無稽な伝説など、信憑性に劣る。誰かの作り話だろう」
「実際、歴史書にはこの大陸の殆どの国が霧のアンデットの軍勢に滅ぼされたと書いてある。作り話と断定することは出来ない」
「いや、霧のアンデットなど見たこともない。申し訳ないが、霧化したアンデットが目撃された事例は長い中立国の歴史の中で一件報告されていない」
「確かに、それは当時大陸最強と言われた、魔王ベヒモスによるものと書かれている書籍もあるぞ」
「話が逸れたが、今メレンシアがその大地系統の魔法を使った者に殺された場合、闇の連中は黙ってはいないだろう」
「闇の高位貴族の娘であるメレンシアを殺したのは、恐らく我々の仕業と見るだろう。事態は深刻だ。今までは小競り合いだけで済んだが、戦争になりかねない」
人間の味方である中立国は、表向きはアンデットを殲滅する組織であり国であるが、水面下では"正義の執行者"なる者を中心に部隊を編成し、闇と對立していた。人間には中立国があるように、人外にも巨大な力と権力の集合体がいるということだ。お互い戦力を削る訳にはいかないことから、牽制程度の小競り合いで済んでいた。しかし、今回はメレンシアという火種が生まれてしまった。
闇の勢力の中で影響力が高い種の一つが、悪魔の最上位種であるデーモンだ。メレンシアは三百人会議と呼ばれるデーモンの最高幹部しか出席出来ない会議で、序列が上位のデーモン貴族の愛娘なのだ。それに加え美しい美貌故、メレンシアは闇で地位を得たい魔王や他のデーモン、人間に至るまで求婚を迫られることも多かった。中立国が人間を虐殺していたメレンシアに迂闊に手が出せなかったのはそのためだ。
「今はグールが先決だ」
「教皇聖下!」
「グールを野放しにして置くと我々中立国は信頼を失う」
高い階段の上にある大きな椅子に座っていた教皇が、神官達にその幼い声でことの優先順位を知らせる。
「はい。神の名の下、グールにデュナメイスの鉄槌を!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
あの日の夜から三週間が経過した。
「まだ、目が覚めないのか ブヒッ」
「はい…ベルゴさんの話では、ルシウス様は生きているそうですが…まだ」
ノエルが赤くなった目から、水滴が頬を伝い流れ落ちる。ルシウスの目から青い光が消え、空洞となってしまったそれを見るとノエルは悲しさに涙が我慢出来なかった。
「自分にもっち力があったら主人様をお守り出来たはずだ!」
ベルゴは毎日のようにぶつけ先の見つからない怒りで木を斬りつけることしか出来なかった。どうして自分はこんなにも弱いのかと、ルシウスを守られなかったことに自分を責め続ける。夜は、ルシウスとノエルを置いてもらえるお礼として、ベルゴが周囲の警備に当たる。唯一そのときだけはルシウスの役に立っているような気がして少しは心に平穏が訪れる。ノエルは、毎日のように明日はルシウスが目覚めるよう祈りながら、今日も側で思ったより細い骨の手を握る。
「早く目覚めてやれよ。ブヒッ あんたの仲間がこんなに心配しているんだぞ ブヒッ」
ビーフもノエルを見ていると自分まで心が痛くなるような感じがした。
次の日、何もしないわけにもいかないためベルゴが警備係をやっているように、ノエルは家の掃除や洗濯を手伝っている。
「ブヒッ!ブヒッブヒッ!」
「ブヒッ?!」
近くの畑で農作業をしていたオークが、慌てた様子でビーフに緊急事態を知らせる。ビーフは深刻な表情を浮かべ畑の方に向かう。ただ事ではなさそうなビーフの様子に、ノエルもついて行くことにする。
「ブケッ!ブケッ」
「ブヒッ…ブヒッブヒッ」
招かれざる客が、農作業をしていたオークに向け声を荒げていた。ノエルはその耳障りな声の主の顔をすぐに思い出すことができた。それは依頼書の似顔絵と同じ、ルシウス達が退治する予定だった肉を食うオーク七体だった。
「何があったんですか?」
「ブケッ…?ブケッ!」
「何言ってるのかわからないですよ!」
「やつらは兵士を増やすためオレ達に肉を食えと言っている。ブヒッ そして君を渡せと言っている ブヒッ」
ビーフの話を聞いたノエルは平和的な手段では解決出来ないことを悟る。それにルシウスがいるあの家を、ベルゴがいない今、ノエル自身が一人で守らなければならない。家の方に走り、置いてあったエストックを手に持って出てくる。武器を手に持つ姿を見た肉を食うオーク達は、人間から奪ったであろう刃こぼれした剣や錆びた斧などを構え戦闘態勢に入る。
「ビーフさん下がってください!」
農機具はあるが、武器を持ってないビーフやオーク達はノエルの言葉に従い、後ろへと距離を取る。ノエルは両手でしっかりとエストックを握り、肉を食うオークに斬りかかる。一匹のオークが振るう剣を受け流し、首の方を狙ったが意外と皮膚が硬く、ノエルの腕力では斬り落とすことは出来なかったが、大きなダメージを与えることができた。
「ブケッ!」
「何を言っているかわからないけど、ルシウス様がいるあの家は私が守る!今度は私が守って見せる!」
「ブケッ。ブケッ」
ノエルは肉を食うオークの膝を狙い「ウィンド・カット」を唱える。カマイタチでオークの膝が切断され、足を一本失い倒れたオークの首にエストックを差し込む。魔法を使う上に二匹のオークがやられたことで残り五匹は一旦退却する。それを見ていたビーフがノエルに近づく。
「すごいな!ブヒッ けど、このままやつらが引き下がるかどうか…ブヒッ」
「大丈夫!私がなんとかします。豚さん達はベルゴさんを探して来てください」
オーク達はベルゴを探すため農機具を持って森の中に入る。ルシウスやベルゴに守られてばかりだったノエルは、今度は自分が命をかけてルシウスを守ると決める。オークが逃げた方向を警戒しながら三十分ほど経った頃、味方とは思えないオークが沢山現れた。それでもノエルは怯まない。ノエルは勝てるかどうかより、せめてベルゴが来るまで時間を稼ぐくらいはやって見せると気合を入れる。
「カマイタチ」「カマイタチ」「カマイタチ」「カマイタチ」「カマイタチ」「カマイタチ」
敵の攻撃が始まるまで待ってやる義理はないため「ウィンド・カット」を連射する。ノエルは魔力が三分の一くらい減っている感じがした。敵の群れがノエルに向かい突撃を始めるが、逃げるわけにはいかない。
「カマイタチ」 「カマイタチ」「カマイタチ」「カマイタチ」
魔力ギリギリまで魔法で数を減らし、オーク相手に今まで磨いた我流剣術で対抗する。二百体近いオークの数にノエルの体力が段々消耗していく。
オークに連れられベルゴが戻って来ると同時に空を飛んで来た者、ノエルの後ろから走って来た者二人が戦いに参戦する。
「なんや、メッチャオークに好かれてるなー自分」
「烈風斬」
赤く長い髪の女とボサボサしている髪に無精ヒゲを生やした男がノエルを助ける。
「誰かは知りませんが、助かりました!」
一応敵ではないということでノエルは二人に感謝の言葉を口にする。そして空を飛んで来た、ベージュ色の胴体の部分が空いているローブで全身を包んだ女も魔法を唱えノエルを援護する。
「ブラックキューブ」
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